第5話 -片鱗 3-
「さて、日も高くなりましたし、食事にしましょう」
一つ手を打って仕切り直し、クレアは立ち上がると二人を廊下へと連れ出した。
「今日は城内を一通り案内します。これから生活の場となるのですから、二人ともしっかりと覚えて下さいね」
「食事という事は、先ず食堂に行くのですね」
「はい、私やお父様は余り利用しませんが、場内の大多数が利用する食堂があるので、今日は久しぶりに行って見ようと思います」
「どんな食べ物が有るのかな。楽しみだね、冬弥君」
真里谷の明るい発現に、一人気を張っていた冬弥も馬鹿馬鹿しくなり、ため息を一つ吐く。
「ブーッ、減点で~す。冬弥君、ため息を吐くと幸せが逃げるんだよ」
「いや、この状態で幸せって、もう十分に不幸だと思うんだが」
「私は冬弥君と一緒なら幸せだもん」
冬弥の目の前でクルリと一回転。
フレアスカートがふわりと浮いて、白い太腿が一瞬だけ露わになる。
「『忍ぶれど色に出でにけりわが恋は』かな?」
「いや、忍んでないだろ」
真里谷の冗談とみて、冬弥は突っ込みを入れる。
「え~、それじゃ…『契きなかたみに…』」
「袖を涙に濡らさないし、約束だってしてません」
「そんな…酷い冬弥君。それなら『かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな…』」
「燃えてるのは十分知ってます、と言うか。目の前で歌う物じゃないだろそれ」
この世界に墜ちてくる前、古典の授業で覚えた和歌で冗談を飛ばす真里谷に思わず笑ってしまう。
そんな冬弥を見て、真里谷の笑顔が明るいだけのそれから慈しみを含んだものに変化する。
「やっと笑ったね冬弥君、何故か何年も笑顔を見てなかった気分だよ。ほんの2日ばかりだって言うのにね」
そう言うと、冬弥の胸に飛び込んだ。
突然の事に受け止めるしかなかった冬弥と、飛び込んだ真里谷を興味深そうに眺めて
「お二人はやっぱり恋人ですか?」
「違います」
「そうです」
クレアの問いに、二つの答えが返ってきた。
最近は学校で百人一首が取り上げられないのでしょうか。
知人曰く、「全て覚えてるお前が異常だ」みたいに言われました。
かるたで遊んでりゃ、直ぐに覚えるのですが…。