第4話 -片鱗 2-
理解が追い付かない。
真里谷が目を覚ますと、寝ていたはずの冬弥が隣室でクレアと談笑している。
昨日の出来事を順に辿り、自分が何をしていたのか思い出す。
「ちょっと冬弥君、人が寝ている間に美人のお姉さんと仲良くお喋りって酷くない?」
照れ隠しに、少し怒りをブレンドして真里谷は冬弥に詰め寄った。
昨日の醜態を思い出し、顔から火を噴いてしまいそうになる。
当の冬弥本人にその記憶が無いだろう事だけが救いであったのだが、
「いやぁ、昨日は随分心配かけちゃったみたいだね。真里谷、ゴメンね」
笑いながら謝罪する冬弥を見て、全て暴露されたのだと気が付いた。
暴露した当人はにこやかな微笑みを真里谷に向け、私は悪くありませんと主張する。
「クレア、貴方そういうのって内緒にするものでしょ!」
叫ぶ真里谷が涙目になった。
「ごめんなさいマリヤ、貴方の健気な姿をトーヤにも知って欲しかったの」
これはきっと天然なんだろうと真里谷は考えた。そうでもなければ、腹黒過ぎる。
一通りのお喋りで気が楽になったのか、クレアがポンと手を一つ叩く。
「さて、トーヤには先ほど話をして快諾して頂いたのですが、改めてマリヤにもお願いを致しますね」
冬弥は何も言わず弦を弄り、メガネをかけなおす。
『黙っていろ』
そういう合図である。
トラブルメーカーの真里谷に付き合って、消火作業に奔走していた冬弥が決めた、真里谷とのサインの一つである。
掛け値無しの大問題発生中でもなければ使わないサインだった。
最後にこのサインを見たのは、暴力団の組事務所へ冬弥が突入した時だけ。
結局あの時、冬弥がなんと言って彼らを丸め込んだのか真里谷は知らないのだが。
「現在、このササン王国は、外敵の攻撃によって滅亡が間近となっております。そこでトーヤとマリヤに、この国を窮状を打破して欲しいのです」
さらりと言った言葉と内容のギャップが余りにも大きく、真里谷の息が一瞬詰まる。
「それって…」
「戦争の矢面に立て、そういう事だね」
真里谷の言葉を封じるように、冬弥が言葉を被せる。
「でも、僕も真里谷も人と戦った事は無い。素人を戦場に立たせるのは無意味じゃないかな」
「そうなのですか?先代もその前の勇者様も、戦闘経験をお持ちでしたが」
驚いた表情でクレアが訪ねる。
「100年前ならまだしも、僕たちの世代で戦場の経験がある人なんて極僅かですよ。逆にお聞きしますけど、前に来た人はどんな人なんですか?」
「その…前回お呼びした勇者様は、曲刀を用いた近距離戦闘と長柄の槍を用いた戦いが得意な方であったと記録にあります」
「うわぁ、凄く強い人だったんだね…」
とは真里谷の台詞。
「はい、『戦乙女』とあだ名されるほど、強くて美しい方でした」
「え、女の人?」
真里谷は絶句、それに気が付く事無くクレアは説明を続ける。
「現在も弟子の方が城下にお住まいで、剣術を教えていらっしゃいます」
残念ながら、その勇者は後年行方が分からなくなったらしい。
「まるで晶さんみたいだね」
「あぁ、そうだね。まるで宮司の話を聞いているようで頭が痛いよ」
真里谷が言った、晶という名。冬弥が言う宮司とは、二人が住んでいた地域にある神社を切り盛りしている神職の事だ。
名は、衛坂 晶。
木刀片手に袴姿で原付バイクを乗り回し、町の不良を指導と言う名目で叩きのめしている御年53の女傑である。
冬弥とは的屋の諍いに巻き込まれて以来の付き合いだ。
「お二人の知り合いにも、そんな方がいらしたのですね。でも、心配しなくても戦う力そのものは身に付いているのです」
「どういう事?」
クレアの説明に、真里谷が疑問を投げかける。
「お二人が此方に来る切っ掛けとなった召喚の魔術には、被召喚者の身体強化を行う魔術が含まれています。
この魔術は、永続的な効果を発揮する付与魔術が廃れて以降、ほぼ唯一と言って良いほど永続的効果を持つ魔術なのです」
後でその効果を試すと良いでしょう、クレアはそう言って話を続ける。
「また、魔術についてですが、お二人は魔術と言うものをご存知ですか?」
「杖から火の玉が出るような奴?」
「僕は物語に出てくるような御伽噺でしか魔術と言うものを知りません」
クレアの問いに、真里谷と冬弥が答える。
「細かい事は後日お話いたしますが、世界の法則に干渉する方法があるとだけご理解ください。そして、その力はお二人にも存在します」
魔術を扱うには才能が必要だが、二人にはその才能が十分に有るらしい。
とは言え、それが戦争に関わるとも思えないと言うと
「大丈夫です。召喚の魔術は、才能の有る人間だけをこちらに呼び込みますから、お二人ともきっと問題無く戦えます」
微妙にズレた返事を返された。
「そういえば、クレアの言葉がなぜか理解できるのよね。私たちの言葉って町の人にも通じるのかしら」
「これも魔術らしいよ。会話だけならこれで十分可能だって話」
真里谷の疑問に冬弥が答える。
クレアは良く出来ましたと言いたげな表情で種明かしをした。
「はい、トーヤの言う通り魔術をお二人に掛ける事で意思の疎通を図っています。言葉の問題については後日、魔術付与された宝物を二人にお渡ししますので、そちらを身に付けてくれれば大丈夫ですよ」
「それを僕たちが身に付けると文字も読み書きが可能ですか?」
「そこまで万能では無いのです、読み取りは可能ですが書き取りは勉強する必要がありますね。他に質問はありますか?」
冬弥は真里谷を一瞥してクレアに向き直り、最大の疑問点を訪ねる。
「…僕たちが元の世界に帰る方法は?」
クレアは、その言葉に目を瞬かせる。
「……帰る、方法。ですか?」
冬弥の言葉を繰り返す。
「はい。帰る方法です」
冬弥も繰り返す。
繰り返しながら、冬弥はそんな方法が用意されて居ないのだろうと推測する。
クレアは暫し沈黙、カップのお茶を見つめ、飲み干して
「…その件については、後日説明いたします」
そう答えるのが精一杯であった。