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第1話 -日常-

初投稿の為、文体が安定しない等問題が多々有ります。

生暖かく見て頂けると嬉しいです。

久しぶりに夢を見た。

月も、大地も、己が身も紅く染まった日の夢を。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


美しい少女の頭を胸に抱き、紅い大地をふらふらと歩く少年がいた。

まだ小学校に上がったか上がらないかといった歳の少年である。

時折ぬかるんだ地面に足を取られ、頭から泥に突っ込んでしまうが、それでも両手を離すことはなかった。

真っ赤な泥濘。

鉄の匂いと、何かが腐ったような匂いが少年を赤とも黒とも染め上げるが、気にした様子はない。


「あ…、は、は、は…」


瞳を開いたままの少女は何も言わない、何も言えない。

首だけだからだ。


「あハハハハハ…」


少年の壊れた笑い声が誰も居ない村に響き渡り、そして


大地に刻まれた模様が静かに収束し、消滅した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「――――ッ!」


飛び起きた。跳ねるように椅子を蹴倒し、立ち上がったところで正気に返る。

生徒が、教師が、一斉に少年を注目し、何事かと息をのむ。

「……済みません、寝てました」


緊張した空気が一気に緩み、小さな笑い声が教室を満たす。


「浦部、調子が悪いなら保健室で寝てろ。授業の邪魔だ」


チョークを置いた教師が、ため息を吐きながら声を返す。

その気配は、心配ではなく仕方がない奴といった所だろう。


「冬弥くーん、保健室行こう。そして二人っきりの青春は一線を越えるのよ!」


緩んだ気配を引っ掻き回す声が飛び、生徒たちも教師も苦笑い。


「あー、森崎 真里谷。教師の前で不純交遊宣言とは良い度胸だ。和室の四畳間でコーヒーをサービスしてやろう」

「ちょ先生っ、冗談ですよ冗談。冬弥君の顔色が良くないから私が一肌脱いで…って、そうじゃなくって!」


取り様によってはやっぱり不純異性交遊な発言となり、森崎 真里谷と呼ばれた少女は顔を赤くする。


「まぁ確かに顔色は良くないな。ここの委員長は誰だ、浦部を保健室に放り込んで来い。それから森崎は四畳間にこの後ご案内だ」

「いーやーっ、今月4回目の生徒指導室はやーめーてー!!」


教師とその生徒のが繰り広げる、いつもの馬鹿騒ぎに教室が笑いで満たされる。


「スマン、真里谷。俺には拷問室からお前を助け出す甲斐性は無いようだ」


少々顔色の悪さが引いた冬弥が、それでも心配をかけまいとしたのか冗談を口にして、学級委員長と共に教室を出る。


「冬弥君酷いっ、死ぬときは一緒よ!」


何のパロディなのか、ハンカチを口に咥えて泣き崩れるふりをする真里谷。

しかし、当の相手は既に教室を出ているので、無意味なパフォーマンスである。

結局死刑宣告が覆る事無く、森崎 真里谷、4回目の生徒指導室送りが決定となる。


いつものコメディ、何時もの日常。

それが何時ものではなくなるのに、そう時間は必要としない。

そんな事、誰一人として望んでいなかったのに。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「…で、また見たの? あんまり気にしちゃダメよ」

保険医の三笠 優子は仕事の性質上、他の教師よりも詳細な個人情報を閲覧することが出来る。


「貴方が悪い訳じゃないわ、誰にだってどうしようも無かったのよ」

両手で顔を覆い、小さく震える冬弥の背中を三笠は優しく撫で、子供をあやすように静かに諭す。


「預かっているお薬を渡すから、飲んだら少し寝ていなさい。心配しなくても夕方になったら起こしてあげるわよ」

ノートに挟んだ新聞のスクラップをちらりと見て、三笠は引き出しの奥から出した薬を冬弥に渡す。


スクラップに記述されているのは、11年前に発生した未だに未解決となっている大量殺人事件の記事。

一人を残して、村に住む人間全員が無残に切り裂かれ、引き裂かれ、叩き潰されて壊滅した。

ただ一人の生存者は、何も語らなかったと記事にはある。


薬を飲み下す冬弥をぼんやり眺めながら三笠は考える、それは語らなかったのではなく、語れなかったのだろうと。

精神的なショックで話が出来なくなると言う現象がある事を三笠は知っている。

それほどの精神的な負荷を乗り越えて、今こうして日常生活を送っている姿が信じられないほどだ。


「…人間はね、とても強いのよ」

ベッドで眠りについた冬弥の頭を優しくなでながら、ぽつりとつぶやく。


廊下を走る足音に気が付いて、三笠はため息一つして苦笑い。

「…真里谷ちゃん、相変わらず騒々しいのね」


眠りについた冬弥を起こさぬ様そっと立ち上がると、三笠は騒音の元凶を迎撃する準備を始めた。


今日の仕事は、ここからが一騒動なのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


真里谷の頭に積まれた三段重ねのコブに、もう一つコブを追加した後、三笠は看病を任せて保健室を出て行った。

体罰禁止となった昨今に逆行するかのようなこの学校の教師達だが、生徒の親からはある程度の評価を受けている。

基本、この学校の教師だって、体罰を好まないのだ。

それにもかかわらず、あらゆる教師から愛の鞭を頂く森崎 真里谷こそが誰にとっても脅威と言えるだろう。


真里谷の武勇伝はいくつかある。

― 曰く、焼却炉を爆破した。

― 曰く、町の不良共と殴り合いをした。

― 曰く、ラブホテルから冬弥と共に登校した。

等々、全て事実である。



事実ではあるが、真里谷に非があるかと言えばそうでもない。

焼却炉の爆破は、スプレー缶をゴミ箱に放り込んだ人間が直接的には悪いのであり、

確認を怠った真里谷が必ずしも悪いとは言えないのである。

また、町の不良共との殴り合いは、ただの兄弟喧嘩だ。

真里谷の兄が不良共の頭であり、彼女の兄を正すべく駅前アーケードで繰り広げた兄弟喧嘩は、

美しき愛の鞭と駅前商店街では有名で、真里谷はちょっとした人気者だったりする。

更にラブホテルの件も、冬弥が下校中に精神的な発作を起こしたため、

仕方なく最寄りのホテルに駆け込んだだけである。


結局のところ、一番目立つ場所にいるから悪目立ちしているだけで、実際は優しい少女なのだ。


寝ている冬弥を見つめる横顔は恋する少女ではなく、母親の顔なのだから。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


釣瓶落とし。夕方の日が沈む様子が、そう言われる季節である。

夕日が足の長い影を落とし、隣を歩く人間の顔もはっきりと判別できなくなる時間帯。

黄昏時、大禍時などと呼ぶ時間でもある。


薬の効き目が良かったのか放課後になっても目が覚めず、結局保険医の三笠が叩き起こすまで冬弥は眠っていたのだ。


「…授業、出られなかったね」

真里谷がぽつりとつぶやく。


「…留年したら、真里谷が先輩なのかー」

表情は陰になって見えない。声音では何時もと変わりがあるように聞こえない。

でも、その声が何時もと同じように思えない。


「留年なんかさせませーん。大体テストの点数なら、冬弥君トップ10の常連じゃない」

不安を吹き飛ばすように、明るい、いつもの調子を演出する。


友達以上、恋人未満。

そんな言葉を思いだし、真里谷は思い悩む。

噂にもなった。何も無かったとは言え、ラブホテルにも二人で入った。

聞いてみたい、でも聞けない。聞くのが怖い。

真里谷は冬弥が気になっている。いや、好きになっている。でも、冬弥は?と考えると二の足を踏んでしまう。


意を決して聞いてみる。『女は度胸だ!』がモットーの真里谷でも、こういう時は恋する乙女である。

「ねぇ、冬弥…私のこ…」


と、そこに突如現れた暴走バイクの集団で、真里谷の声はかき消された。

真里谷一世一代の告白を台無しにされ、瞬間湯沸かし器とあだ名された真里谷の堪忍袋は、既に爆散している。

集団の先頭が、見覚えのある馬鹿であった事が、怒りにガソリンをぶち込んでいる。


「くっぉ~の~、クソ兄貴!」

最初っから冬弥たちに絡む気でいたのだろう、オートバイの集団がぐるりと二人を取り囲み、逃げ道をふさいでしまった。

「ぎゃーっはっは~、兄より優秀な妹なんてい・ね・ぇ・ん・だよぉ~」


冬弥も真里谷もそのセリフに一瞬呆然とする。

そして、冬弥は必死に笑いを堪え、真里谷はあきれ半分怒り半分で鞄の角を『優秀な』兄貴へと振り下ろす。

「ちょ、待って、待てって、待ってって言ってんだろ…ぎゃー!」


一瞬凍りついた暴走族の下っ端たちが、はっと気が付くとバイクを放り出して二人を引き剥がしにかかる。

「このアマ、いい加減にしろ!」


笑っていた冬弥も、真里谷を羽交い絞めにしてなだめにかかった。


―――― そのとき。


地面が赤く輝き、複雑な模様を描き始める。

恐怖を覚えた冬弥が空を見上げると、そこには怖ろしいほどに紅く輝く大きな月が浮かぶ。

「…やめろ、…来るな、来ないで…やめてくれ…」


その場にいた全員が、異常な現象に動きを止める。

真里谷は、冬弥の異常な言動に気が付き、先ほどまでとは逆に冬弥をなだめるため、冬弥にしがみついた。

しがみつかれた冬弥は、その勢いに押されて一歩二歩と後退をする。

それにつれて、足元の光も勢いを強めながら追従してゆく。


「来るな、来るなっ!俺に関わらないでくれえぇっ!!」

滂沱の如く涙を流して叫ぶ冬弥の瞳は、既に何も映していない。冬弥が見ているのは、過去の惨劇なのだ。

それを知らない真里谷は冬弥の耳元で、ただひたすらに大丈夫を繰り返しささやいている。


そして、一際光が強く輝いた次の瞬間に、足元の光がすべて消えた。


二人と共に。



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