第6話 ―敗北―
私の隣には、冬弥がいる。
冬弥が居てくれれば、それだけで充分なの。
だから神さま、私の冬弥を取らないで…。
「真里谷、まりや。大丈夫?」
冬弥が隣に居る、この事実だけで現在の真里谷は精神の平衡を保っていた。
本来は平和な世界で机を並べる学生なのだ、あれだけの惨劇を目の当たりにする事も無い。
その惨劇を生み出したのが自分であるという認識が、更に真里谷の精神を狂わせている。
瓦礫から染み出す赤い水、千切れた手足、建物の壁にべったりと付いた赤い人型。
恐怖と嫌悪の視線。
これら一つ一つが、真里谷の精神を削って行く。
町の住民が何かを叫んでいるが、真里谷の心には届かない。
「…返して、私の娘を返して!」
真里谷は抱かれた腕の隙間から、叫び声を上げる女性を眺めていた。
その顔は、子供が親に抱かれて浮かべる、幸せそうな表情そのもの。
そんな真里谷の頭を強く抱きしめた冬弥は、喜怒哀楽のどれも見せる事は無かった。
人殺しだの悪魔だのと叫ぶ住民を兵士たちが遠ざけた頃、こちらもフェルマを遠ざけたゲイルが二人の下へ歩いてきた。
「勇者殿、嬢ちゃんは大丈夫かい?」
「難しいですね…本来は時間をかけるべきなのですが、このような場所では逆効果です」
そう言って、周囲の惨状に目を向ける。
「そもそも僕たちの国では、争い事なんて昔話の世界です。こうなるのはむしろ当然かと」
「その割に、勇者殿は平然として居るんだな。経験無いんだろう?」
「何事にも例外はあります」
正直なところ、冬弥にとっては思い出したく無い話題である。
話す気配のない冬弥を見て、ゲイルは追及を諦めた。
その代わりに、今後の展開について話を進める。
「指令殿は嬢ちゃんを勇者殿と一緒に、敵軍のど真ん中に放り込んで来いなんて言ってたが。これじゃあ無理だろうな」
「もう少し時間が欲しいと言うのは、贅沢なのでしょうね」
「まぁな。欲しいと思う時には無くて、必要無い時には大量に余る代物さ。どの道、指令殿の計画は丸潰れだな」
とりあえず俺の飛龍に乗れと言われ、冬弥と真里谷の二人はゲイルと共に騎上の人となった。
物理法則を無視して飛龍が宙に舞う。
至近距離でも矢を通さない、強靭かつ重量感あふれる巨体が空に舞い上がるのは、現実から遠ざかるような錯覚を受けた。
驚く冬弥に、ゲイルが簡単に飛龍が飛ぶ仕組みを説明する。
「まぁ、ぶっちゃけるとこいつら独自の魔術で空を飛んでいるのさ」
細かい事は、帰ってから学院の連中に聞けという事らしい。
ゲイルもどうやって飛んでいるのか理解していない様子ではあった。
「さて、どうするね勇者殿。嬢ちゃんは使えない、勇者殿は魔術が使えないんだっけ」
「いいえ、初歩の初歩だけなら使えますが、照準を定める事が上手く出来ないので、常に自分が中心になってしまうんです」
冬弥は両手に小さな雷をまとわせ、ゲイルに見せる。
真里谷よりも才能が無いんでしょうねと軽く笑う冬弥だが、ゲイルの表情は曇るばかりである。
「勇者殿には申し訳ないのだが、状況は良くない。最悪使い捨てになるかも知れん」
「…そうですか。貴方がそう言うのなら、その通りになるのでしょう」
真里谷の頭を撫でながら、そうつぶやく。
才能が無いと自嘲した冬弥だが、実は真里谷程では無いにせよ、魔術を扱う才能は備わっている。
更に誰も、真里谷ですらも知らない事だが、冬弥は深夜に魔術の練習を寝室で行っていた。
ある程度の魔術なら、冬弥でも使う事は出来るのだ。
ちなみに冬弥が使う魔術だが、元々居た世界の科学をモチーフとしている。
例えば物体の加熱は、電子レンジを。
雷撃は、スタンロッドを。
と言った具合である。
この辺は、変な所で頭の固い冬弥の特徴が出ている。
一方、真里谷は頭の中で想像した事をそのまま出力できる瞬発力を持つ。
これらは性格がそのまま魔術の特性に現れた形と言えるだろう。
「攻撃手順の見直しも含めて、嬢ちゃんの扱いを考え直して貰うしか無いな」
フェルマの操る飛龍を一瞥したゲイルは、指令の待つ戦場へと翼を向けさせた。
どこもかしこも問題が山積している。
ゲイルの内心を代弁するかのように、飛龍が小さく鳴いた。
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「つまり、僕らに死んで来いと。そう言いたい訳ですね」
「そうでは無い。しかし、味方を巻き込むような魔術を使われるのは、此方としても非常に困るのだ」
攻撃部隊を指揮する司令官と言い争いをしているのは、冬弥である。
真里谷を自爆兵器として扱う様に言われた冬弥が、強く反発しているのだ。
「そもそも、真里谷は放った魔術の後遺症で心身喪失状態です。これでは魔術を扱うなど出来ません」
これはゲイルとの口裏合わせである。
とは言え、実際に大魔術を行使した魔術師が気絶したり、精神的に不安定になる事は多い。
精神的に不安定である事、それ自体は今の真里谷にも当てはまる。理由が魔術ではないと言うだけだ。
「勇者殿、わざわざ陛下が送って頂いたお方である貴方自身が戦えば良かろう。従者にのみ働かせるのは怠惰が過ぎると言うもの」
「指令、待って下さい。勇者殿は」
ゲイルが割って入るが、それを押し止めて更に言葉を続ける。
「貴方の従者を失いたくない気持ちは解らんでもないが、こちらもそれを安易に呑む事は出来んのだ」
暗に、真里谷に殺された者たちを指している事は明白であった。
二人が上手い事敵を撃退すれば良し、ついでに殺されてくれれば直のこと良しという事なのだろう。
言いたい事は解るのだ。
立場が逆なら、自分も同じことを言う自信が冬弥にもあった。
全く誇れた事では無いのだが。
玉砕しろと言うのは冬弥にとって承服しかねる命令である。
しかし、その考え方はこの地に生きる者にとって、異端の考えなのだ。
特別な人間であっても、命令が下った以上は従わなければならない。
ここは日本ではないのだ、そう心に強く刻み付ける。
冬弥は深呼吸をして指令を睨み、言い放つ。
「僕を敵陣、ヴァロワ軍の真ん中に放り込んで下さい、彼らの足を止めましょう。そこまでやれば、後は任せて宜しいですね?」
「それが出来れば手段は問わん」
落とし所の言質をとって、冬弥は戦場を一瞥した。
小高い丘に陣取っている相手の本陣が小さく見える。
「この先が有るかは別として。戦が一段落したら、僕たちを戦場に押し付けた馬鹿の首を落とすくらいはして頂きたいものですね」
腹立ち紛れに冬弥は嫌味を叩きつける。
如何に国王が勇者に夢を抱いていても、現実を見ない程愚かではない。何者かがゴリ押しした結果なのだろう。
口にはしないが、指令もゲイルも似たような事は考えていた。
連携も取れない未熟者を前線に出した馬鹿はどこの誰だ、と。
幸か不幸か、その当人はこの場に居なかった。
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「勇者殿。実際のところ、どうするつもりなんだ」
「逃げ足だけなら負けませんから、本陣まで走り、引っ掻き回そうかと考えています」
作戦ともいえない内容に、ゲイルは天を仰ぐ。
「いくら勇者殿でも、無茶が過ぎる。それに嬢ちゃんはそんな所に放り込めんぞ」
「解っています、お願いできますか?」
「帰る当てはあるんだろうな」
「…努力はします」
眉間の皺が徐々に深くなってゆくゲイルに、こちらも苦悩の表情を見せて冬弥は返す。
生きて帰る保証など無いのだ。ここで交わされた話は事実上、冬弥の死後どうするかという話である。
ゲイルは飛龍の背につけられた鞍の緩みを直し、目の裏と舌の状態を確認。
疲労も病の兆候も無く、未だ十分に飛ぶことが出来る事を確認して、冬弥に向き合った。
隣に立つ真里谷の姿が痛々しくて見ていられない、という理由もあるが。
「何かあれば、女将さんの店に連絡が届くようにします」
「それは、王女殿下にも言えない事か」
ゲイルの返答に殺気が混じっている。冬弥はメガネを指で押し上げながら説明を続けた。
「いえ、何かがあって急を要する連絡をしたい場合に、直接お城に伝言を伝える事は難しいですよね。その為の連絡手段です」
冬弥の表情が読めない事に困惑しつつも、ゲイルはその件について了承する。
「真里谷、ごめんね」
軽く頭を撫で、冬弥が苦笑いを向ける。
守ると言ったのに、守れない事を自嘲しているのか、それとも帰る事を諦めたからなのか冬弥自身にも解らない。
冬弥は再び騎上の人となる。
真里谷とゲイル、二人と共に。
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「スマン、これ以上は無理だ」
「ここまでで十分、後は自分でどうにかします」
矢が雨霰と降る中、冬弥は腰から落下防止の命綱を外す。
真里谷の体を軽く抱きしめて一言。
「暫くお別れだ。真里谷、元気でね」
直後、体を空中に放り出す。
「…え?」
驚いた真里谷が手を伸ばすよりも早く
そのまま落下。
同時に冬弥は自分の周囲に風で防護壁を作る。
殆どの矢は防護壁で進路を逸れて行くが、時折防護壁を突き抜けた矢が冬弥をかすめてゆく。
真里谷が叫んでいたが、風の防護壁は音も遮る。冬弥に声は届かなかった。
「いやああああ!とうや…冬弥が死んじゃう、冬弥、冬弥、冬弥あぁ…!」
零れ落ちる涙も、風の防壁に遮られ。
冬弥が真里谷を振り返る事も無い。
真里谷が錯乱している事に気が付かず、冬弥は両手を広げてパラシュート無しのスカイダイビング。
「いきなり防壁突き抜けるなんて、力の加減を間違えたかな」
防壁を抜けて掠めた矢傷を眺め、先の展開を考える。
先ずは、無事に着地する事。
次に、敵の集団を振り切る事。
最後に、敵将をどうにかする事。
無謀、無茶。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
どうにか出来る様な当てなど全くないのだ。
着地に失敗し、大地でミートソースに成らないとも限らない。
落下予定地点に集結し始めた多くの敵兵を眺め、冬弥はため息一つ。
「平和って貴重なんだな…」
全く場にそぐわない事を呟き、指先に風を圧縮する。
込められた力の大きさを示す様に、冬弥の周囲から魔力の満ちた光が零れ落ち、強い力が解放される事を予感させた。
魔力の強大さだけは11年前から自覚がある、出力を増すだけなら何の問題も無い。
冬弥は地面が間近になった所で、圧縮した風を全方位に解放し、落下の衝撃を殺すと同時に周囲の敵兵を吹き飛ばす。
落下の衝撃と圧縮した風の爆風により、風の防護壁は瞬時に崩壊。
その余波を強く体に受け、冬弥も無傷ではない。
風の塊を腹部に受けている、きっと服をめくれば大きな痣になっているだろう。
冬弥は落ちてきた空を見上げ、ゲイルの乗っている飛龍を探した。
既に高度を上げていたのか、ゲイルを乗せた飛龍はそのまま町の方向へと飛び去ってゆく。
完全孤立、支援なし。
周囲はすべてが敵兵であるため、弓を打ち込まれない事だけが救いか。
冬弥は敵本陣へ向けて、走り始めた。
槍襖の集団へと。
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「敵兵一名が、本陣直衛をかき乱してこちらへ向かってきます!」
ササン軍を包囲して、殲滅する簡単な仕事だった筈が、妙な方向へと転がりだした。
直衛の混乱に動揺するかのように、両翼の部隊が攻勢を弱めてしまう。
奇襲は失敗したものの、勝ち戦と考えて油断した驕りが生んだのか、伝令も動揺しているように見えた。
「たかだか敵一人くらい、さっさと打ち取れんのか!」
参謀の一人が苛立たしげに声を上げる。だが、打ち取れるのであれば既に騒動は収まるはず。
つまり、現在もその一人は戦闘中なのだ。
これだけの数を相手に一人で戦う技量に興味を覚えた。
「生きて直衛を突破したら、ここまで案内しろ。興味が沸いた」
「殿下、何を言うのです!」
先程声を荒げた参謀が声を上げる。しかし、殿下と呼ばれた男は気にもせずに続けて言った。
「勝ちの決まった戦いなのだ、少々余興があった所で大勢には影響など無かろう」
更に、最近は運動不足だしな。とつぶやいた。
直衛の騒動は、本陣の目前にまで迫り、時折見慣れぬ少年の姿が見え隠れする。
服が所々切り裂かれており、血で汚れてはいるものの、その動きに影響は見られない。
表面を掠めているだけなのだろう。
だが、その少年が持つ槍には血が付いていない。槍を振る事も無い。
兵を一人も殺さずにここまで来たのだろう。
どんな男なのだろうと、更に興味が沸く。
面白い。
つまらない戦いかと思っていたが、こんな逸材が居ると言うならササンと言う国にも未だ価値はあるのだろうと考える。
「まったく、これだから偶然と言うやつは嫌いなのだ」
そう言いつつも顔は笑っている、楽しんでいるのだ。
全ての直衛を振り切って、走ってきた少年に向かって男は宣言する。
「ようこそ、わが本陣へ。俺はヴァロワ王国、第二王子のエルンストだ。少年、名は何と言う」
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エルンストと名乗った男へ、冬弥はとっさに声を出せなかった。
単に息切れである。
体中に傷が有る為、体力を消耗している事もある。
冬弥は呼吸を整え、エルンストに向かい、名乗りを上げる。
「名は冬弥、お前らの戦いに…巻き込まれた普通の人間だ」
槍を杖代わりにして、どうにか膝を付かずに名乗る。
何が面白いのか、冬弥の名乗りに対してエルンストは大声で笑った。
「くっはっはっはっはは、ただの人間か。そうよな、人間か。」
「何か…問題でも、あるのか」
笑いの止まらないエルンストに不快感を覚え、冬弥は問い返す。
「いや、問題は無いぞ。しかし直衛200人を切り抜けて、普通とはな。お前の普通は何処にある」
そう言ってエルンストは、また笑う。
その笑い声に、冬弥は先ほどまでの緊張感が失せてしまう。
言われてみれば確かに、200人の集団から逃げ切って「普通」はありえない。
「さて、貴様がここまで来た褒美だ。望みくらいなら聞いてやる」
その言葉に、冬弥は沈思する事数秒。そして
「…貴方がこの軍の大将なら、頼みがある。帰ってくれ」
言い放った。
その場にいた全員がしばし沈黙。
言葉の解釈に戸惑い、裏も何もないただの要求だと理解するまで凍り付く。
次の瞬間、堰を切るかのような爆笑が場を満たした。
「…はっはっはあははははっ!やはり面白いな、そう来るか。撤退しろでは無く、帰れと言うか」
エルンストが笑った理由は、軍人に無い言葉を以て撤退を促した事にある。
だが、この場にいたほとんどの人間が、滑稽な冗談を耳にしたと考えた事による嘲笑を冬弥に浴びせた。
たった一人の民間人が軍を、直衛200人を相手に戦えるだけの技能を持っている。
この意味を正確にとらえたのはエルンストただ一人である。
だが、隠し玉と言うには、余りに杜撰な運用である。
本来なら、ここで使う切り札では無かったのだろう。
そこまで考え、エルンストは目の前に居る少年への警戒度を引き上げる。
隠し玉を投入するという事は、この局面をひっくり返す事が可能だという事だからだ。
「折角の褒美。その望みは適えてやりたいが、生憎こちらも仕事でな。理由が無ければ引く事など出来んぞ」
エルンストはそう言うと、身長程もある背の剣を抜いて肩に担ぐ。
つまり戦えと言っているのだと、冬弥は理解し、
「理由…か」
腰を落として槍を構え、それとは別に脳裏で防護壁を作る準備もする。
「そうだ、この俺に膝を付かせたら引いてやる!」
言うが早いか、言葉を追い抜く勢いでエルンストは真上から頭蓋に向けた一撃を放つ。
冬弥はあらかじめ準備しておいた風の防護壁を即座に展開。
防護壁が鈍い金属音を響かせ、一瞬強く発光。
ガラスが壊れる音にも似た、防護壁の崩壊音と共に大剣が冬弥へと迫る。
「…なんて馬鹿力だ」
目の前まで来た刃をどうにか槍で流し、冬弥は距離を空ける。迂闊に近寄ると真っ二つにされかねない。
フェルマの剣と違って、掠めるだけでもそのまま体を持って行かれる勢いだ。体裁きにも余裕が無くなる。
「はははははっ、どうした少年。逃げるだけか!」
エルンストの振る剣が更に速さを増し、冬弥の体を掠めるようになって行く。
服が千切れ、髪が宙に舞う。
冬弥の足元には、零れた血が斑模様を描いている。
致命傷は一つも無いものの、ジリ貧である事は誰の目にも明白だ。
血に飢えた野獣が剣を振るう度に、冬弥の体には新たな傷が増えて行く。
「はーっはっはっ、逃げ場など残っておらんぞ」
笑ってはいるが、実際のところエルンストにもそれほど余裕は無い。
先程から何度か剣の間合いの内側に入られている。
15歳で戦場に立ち、18年が過ぎている。
ここまで懐に入られる事など、片手で数える程である。
簡潔に言えば、目の前の少年は18年の戦場生活で、五指に入るだけの腕前なのだ。
それなのに
致命的な隙も何度かあった筈なのだが、目の前の少年はその槍を叩き込む気配を見せない。
しかも剣の間合いの内に潜り込む意図がわからない、槍の間合いは大剣と同じかそれより大きいのだ。
何が狙いなのか、また何処を着地点としているのか。
考えても答えが出てこない。
― ならば、考えるのは後だ。全力で叩き落とす。
エルンストは直感に生きる男である。
解らない事は考えず、更に打ち込む速度を上げて冬弥を叩きにかかった。
自身が負ける事など全く考えていない。
この野獣は、目の前の傷ついた獲物であっても容赦はしないのだ。
結論から言うと、この時既に冬弥の目標は達成されていた。
冬弥の目指していた目標とは、指揮系統の混乱である。
直衛部隊をかく乱し、指揮官に一撃を仕掛けるだけで十分だったのだ。
現にササン軍は既に撤退を始めている。
しかし、それは神ならぬ人の持つ目線では解らない事。
冬弥の失敗は、勝負に拘ってしまった点である。
「小僧っ。いい加減に、消えろっ!」
気の長い性格ではないエルンストだ。決着の付かない攻防に苛立ちを見せ、大振りの一撃を放つ。
今まで全ての剣を紙一重でかわしてきた冬弥だ、そんな大振りで当たる訳もない。
隙を見て、冬弥が初めて槍を打ち込んだ。
その穂先が体の致命的な部分に向いていない事を見て、エルンストは冬弥が殺しをしていないと悟る。
相手を殺せない兵士など、怖くは無い。
「甘いっ!」
突き出された槍を、強引に引き戻した剣で弾く。
金属同士が鈍い音を響かせ、伸ばした右手から槍が飛んで行った。
槍はそのまま、地面に突き刺さり。
剣の柄が、無防備な冬弥の後頭部へとせまる。
エルンストの獰猛な笑顔が驚愕に変わるのは次の瞬間。
冬弥の全身に雷の輝きを見た時だ。
次の瞬間、首に鋭い痛みが走り、目の前が白く弾けた。
冬弥オリジナルの魔術『スタン』
これは本来、『雷撃槍』として標的に飛ばす雷を手に纏わり付かせ、相手の神経を麻痺させる魔術だ。
『雷撃槍』が使えない冬弥の、苦肉の策として編み出した魔術と言える。
標的設定しない分だけ単純である事もあって、発動までに要する時間は極僅かである。
欠点は、直接相手に触れる必要がある点か。
「ぐっ、がぁあっ!」
思わぬ衝撃に、エルンストは思わず剣を取り落す。
咄嗟に動く左腕で目の前を薙ぎ払うが、体の自由が利かず倒れこんでしまう。
「ぐはっ!」
そして冬弥はエルンストの腕に腹を撃ち抜かれ、大きく吹き飛ばされた。
そのまま二度三度と地面を跳ねて、ようやく止まる。
血の混じった咳を続ける冬弥が最後に見た景色は、エルンストの周囲に集まる取り巻きの姿だった。
んーむ、戦闘シーンが納得行かない。
緊張感足らないんだよなぁ。