花嫁は不条理を嘆く
「んんん~!! 納得いかない!」
フリーシャは肩を怒らせながら歩いていた。
「姫、いかがなさいました?」
フリーシャが声のした方に振り返ると、人型の魔物が一人。
「カリファ」
魔物の中でも気軽に話せる魔物の一人であり、フリーシャをこの城まで連れてきてくれた魔物でもある。
「さっきから魔王と話してたんだけど、どうしても教えてくれないのよ!」
「何をですか?」
フリーシャは、難しい顔をして、びしっと人差し指を立てた。
「なんで魔王は花嫁を間違えたのか。何で姉様を連れてきたのか。何回も聞いてるのに、教えてくれないのよ。やっぱり顔で選んで、それを言うと私が怒りそうとか、そんな感じかしら」
むっとして呟くと、魔物はクスリと笑った。
「違いますよ」
「じゃあ、カリファは知ってるの?」
あまりにもあっさりと否定され、それが適当に言われたようで、フリーシャは少しだけ怒ったように詰め寄った。
魔物はにっこりと笑う。
「だいたいは。しかし、姫。そもそも、私はわからないのですが、姫はなぜそんな事を怒っていらっしゃるのですか? 間違えただけの事ではないですか。姉君もご無事でしたし、魔王様も姉君を花嫁にする気はなかったようですし。全く問題ないのでは?」
「問題大ありよ! ……そういえば、魔王も似たような事を言っていたわね……人間と魔物って感覚がやっぱり違うのかしら……」
「申し訳ありませんが、姫のおっしゃる事は、理解いたしかねます」
「だって、間違われたのよ?」
「意図的ではありませんし、姫を見てすぐに気付いたではありませんか」
「姉様に怖い思いをさせたし……」
「代わりに最もふさわしい伴侶にも出会えましたよ」
「そんなの結果論じゃない」
「結果が出ているからこそ、全く問題ないのに、なぜお怒りになるのか、私どもには……」
困ったように笑いかけられて、フリーシャは完全にお手上げ状態になる。気持ちの問題だと言いたいのだけれども、どうも魔物は徹底しすぎているほどに現実主義過ぎて女心には理解がないらしい。
「じゃあ、もう、それは良いわ。価値観の違いね、きっと。納得は行かないけど、平行線になるという事だけはわかったわ。そしたら、どうして間違ったのか、わかる?」
「魔王様は、おそらく、姫の存在に気付いていなかっただけかと思われます」
「気付かなかった……?」
「はい。姫がお付けになった魔王様の印が付いた姉君しか目に付かなかったのだと。姫の存在自体に気付いていたら、お二人を前にして間違う事はまずなかったでしょうから」
「……でも、それって、間抜けすぎない? 広いとはいえ、探しに来て、正真正銘間違えるだなんて……。」
むしろかっこわるい。そうか、かっこわるかったから口をつぐんだのか!
フリーシャが腹いせ混じりに納得していると、魔物がまじめな顔で首を横に振る。
「いえ、間抜けなどとは縁遠い方ですよ。人間の「運」という概念で物事を見たとするのなら、魔王様は強運であられます。魔王様は強運過ぎて、抜けることのない方ですから。間が抜けて失敗などと、あり得ません」
「……どこが?」
思わずフリーシャは鼻で笑った。かっこわるい物は、かっこわるい。間違われた悔しさと悲しさを、その程度の認識で許してやろうというのだから、譲る気はない。
「姫様に関して言えば、そうですね。姫との出会いそのものが強運なのですよ。魔王が運命の花嫁について知ることが出来るのは、生まれた瞬間、その時のみです。生まれたという事、それはどの辺りかという事の二点だけしかわからないのですよ。しかも探そうにも、出会って契ってみなければそうとは分からないのです」
「え、でも、契る前には確信を持っていたようだし、会いに来たのは、私が物心ついてからよね?」
「ですから、強運と申し上げたのです。姫を探しに行ったのも気まぐれ、出会ったのも偶然にすぎないのです。フリーシャ姫には、出会った瞬間にそうと分かったようですが。いくら確信したとはいえ、いわばただの勘に過ぎません。」
「……まあ、百歩譲って、偶然とか、強運とか、それならそれで良いわ。じゃあ、その強運とやらで、どうして私を見つけてくれないのかしら」
「……では、フリーシャ姫。もし、そうなっていたら、困るのは姫君ではないですか?」
「……?」
「あなた様を真っ先に見つけ、あなた様を連れ去る。姉君は、どこに嫁がれていたでしょう。マージナルの後継者は呪いが解けなかったのでは? 姫も、これから先、人間と多少は関わりたい気持ちはあるでしょう。姉君や次期マージナル王となる人間があなたの立場を憂慮しているとなれば、そちら側に居場所も出来ましょう。魔王様が間違えられた、だからこそ、全てが姫にとって望む形に収まったのではないですか。つまり、必要であれば、魔王様は間違えることはなかったのです。間違えたという事は、必然的に魔王様が間違えなければならなかったからなのです。魔王様が姉君をさらったのは、姫にとってよりよい環境で来ていただけるようになるための必然ですよ」
本気で言っているのか、それとも口先三寸で誤魔化そうとしているのか……と、フリーシャは魔物を見るが、当の本人は、この上なく真剣そうだ。
本気だわ……。
フリーシャは、唖然とする。
当然のように主を心酔している執事な魔物を見ながら、物は言い様なんだなぁ………と、しみじみと痛感していた。
ともあれ、何事も、視点を変えれば、全ては魔王様のおかげという、全てが都合良く必要だったと思える、とてつもない前向きな精神は見習おうと思わないでもなかった。
「それにしても、それだけ勘も良くて強運なら、姉様を見て花嫁かどうか疑問に思わなかったのかしら。魔力もないし」
とはいえ、納得など到底出来ないフリーシャは意地悪くツッコミを入れてみる。
「それに関しては、魔王様も相当疑問に感じていらっしゃったようです。なのでだいぶ姉君を煩わしく感じていたようなのですが、ずいぶんと根気よく付き合っていらっしゃいましたよ」
根気よく付き合った? あの魔王が? それって、煩わしく思っていたとはベクトルが逆じゃないの? いくら相手が姉様とはいえ、ちょっと許せない。
「何でよ!!」
むっとしたフリーシャに、魔物が楽しそうに笑う。
「いつか、幼い頃の姫様に、お戻りになると、期待していらっしゃったのですよ。記憶が戻れば、力が戻ればと。もう一度もとのフリーシャ様にお会いしたい一心で、我慢をしておられていたのです。姉君がご無事だったのは、一重に姫を思えばこそでしょう」
「えっ」
思いがけない答えだった。
思わずフリーシャの顔がにやけた。口元がゆるむ。
あの魔王が、自分勝手なあの魔王が、私の事を想って根気よく……。
あり得ないことだった。そんな余分な手間をかける存在ではなかった。本当に煩わしく思っていたのなら、良いところで捨て置く、多少気にかかることがあっても、面倒なら消していたことだろう。あの魔王が、そこまで譲歩するほどの想いとは。どれだけ自分が想われているのかを、フリーシャは、この魔物の言葉から感じ取る。
ちょ、ちょっとうれしいかも……。
が、ここでほだされてはいけない。
「でも、そこまで私の事を覚えてくれていたのなら、尚更、既に契りを交わした運命の花嫁が違っている事に気付かないとか、あんまりだと思うの」
つまりはここにたどり着くのだ。気付いて欲しかった乙女心である。しかし、魔物は、あっさりと笑顔で否定した。
「そうでしょうか? 姫、考えても見て下さい。魔王の印をつけられるのは、魔王様か、姫だけです。そして姫は記憶を魔王様に消されていて、魔力も半ば封印状態にあったわけです。実際は完全にはかかっていなかったわけですが」
と言いながら魔物は、さすがは姫、魔王様の術を破るとはお見事です、とでも言わんばかりににっこりと笑う。
「魔王様はそんな事は当然知りませんので、本来なら封印されてる状態の姫が魔力を使っているとはまず考えられません。よしんば使っておられたとして、魔王の印を、わざわざ模して人にかけるなどと、どうして予測できましょう。常識的に考えまして、印のある人間が他にもいるかもしれないという発想自体がまずあり得ないのです」
魔物に、まさかの常識を諭されるという行為をされてしまい、フリーシャはもう立ち直れないと、静かに絶望したのであった。
「わ、分かったわ……」
うれしいような、悲しいような、何ともいえない複雑な敗北感を覚えつつ、フリーシャは魔物に背を向けた。
現実とは、常に不条理な物である。
心のもやもやは、いかんとも晴れないフリーシャだった。
以上、どうして魔王が間違えちゃったか、な話でした。