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魔王の花嫁  作者: 真麻一花
サイドストーリー
59/65

白銀の竜と、金の花嫁 前編



「白竜の王子、姉様をお願いします」


 あのとき、フリーシャがそう言って側に控える白竜の元へと私の体を促した。


 マーシアは、その一瞬、その白銀にも見える聖獣に、目を奪われたのだ。

 フリーシャを止めなければいけないのに、体を押さえてくる白竜を振り切れなかった。そんなに強く押さえられていたわけではない。けれど出来なかった。堅い鱗のその躯が、なぜか、とても優しくマーシアを抱きしめているように感じて。

「大丈夫だ」と言ったその声が、マーシアの心を包み込むように落ち着けてくれた。

 マーシアを静かに見つめる、その赤い瞳は、とても美しく澄んで、まるで雪の中に輝く宝石を思わせた。


 美しい、美しい、竜の、王子。


 あの極限の状態で、マーシアは、白銀の竜に、恋をした。




「白竜の王子」と、フリーシャは彼のことを、そう呼んだ。「王子」と呼ぶにふさわしいその姿に、その呼び名を不思議と思うことなくマーシアは受け入れていた。

 魔王のもとに滞在する数日間、マーシアの気持ちを最も理解し、力づけてくれたのが白竜の王子だった。

 魔物の巣窟の中において、いつも側でマーシアを護り、支え、振り返ればいつも優しい赤い瞳がそこにあった。

 夜はフリーシャを問答無用で魔王に奪われ、マーシアは白竜と二人で恐ろしい夜を過ごした。けれど、魔王の花嫁として過ごした一夜と違い、白竜の王子が共にいるだけで恐怖を忘れられた。



「姫は、私と過ごすのは、イヤではないのか?」


 どこか躊躇いがちに言った白竜に、マーシアは首をかしげる。


「私は、白竜様がいて下さってうれしく思っておりますわ。あなたがいなければ、この恐ろしい夜を一人で過ごさなければならなかったのですから」

「いや……この、竜の身は、恐ろしくはないのか?」


 ああ、と、マーシアは、白竜の言いたかったことを理解し、ふんわりと微笑む。


「恐ろしくなど、ありません。あのとき言った気持ちは、本当です。あなたは、美しいですわ。こんな美しい白竜様を、どうして恐ろしいなどと思えましょう。それに、私をずっと守って下さっている、騎士ナイトではありませんか」


 そう言いながら、マーシアは、己の身の弱さを憂いた。白竜は、いつでもマーシアに遠慮がちだった。今もそうだ。

 フリーシャのように力があれば、白竜はこのように自分から一歩引くことなく言葉を交わしてくれていただろうか。

 そう思うと、胸が痛んだ。

 竜にとって、ひ弱な人間の娘など、どれだけの存在価値があろうか。

 距離を置く白竜の態度は、マーシアの心を切なくさせる。

 フリーシャとは、マーシアに見せぬ顔で楽しそうに言葉を交わしているというのに。


「なら、よいが……」


 白竜は躊躇いがちに口をつぐんだ。

 そんな白竜の優しさに、時折勘違いをしそうになるが、マーシアは必死に自分を諫める。

 白竜が助けたのは、自分ではないのだと。白竜が助けたのは、あくまでもフリーシャ。白竜が自分を気遣うのは、フリーシャの姉だから……?

 思うと、切なさは余計に大きい痛みとなって胸を突き刺した。


 それでも、白竜は自分の側にいてくれる。


 隣の美しい白銀の躯を見て、自分にそう言い聞かせた。

 その事をうれしく思う気持ちも、本当。

 マーシアはそれ以外のことは考えまいとした。自身の気持ちから目をそらし、ただ、これから先のフリーシャの行く末を考えようと誓った。


 けれど、それでも、共にいる時間が長い白竜は、着実にマーシアの心に入り込んでくる。

 寝るときのナイトドレスに身を包むと、恥ずかしそうに目をそらし、見まいとする姿などは、普段優美な動きをする竜の巨体に反してどこかかわいらしく、そして女性として意識されているようでうれしかった。

 竜などという種族も違う者に対して、このような気持ちを抱く自分は、おかしいのではないかと、マーシアは何度も考えた。けれど、どうしても、心が白竜へと向かう。視線は知らずその姿を探してしまう。見つめる赤い瞳が、マーシアの心をとらえて放さなかった。


 けれど。

 城に帰る時が、彼と別れる時。


 おそらく、そうなるであろうと、マーシアは考えていた。ずっと続けばいいのにと思う二人の時間は、これから先のことが決まるにつれて終わりへと近づいてゆく。


 フリーシャは、このまま魔王の城にとどまるのだと、決意をしていた。

 到底納得のいくことではなかったが、それでも、その時のマーシアには、フリーシャの気持ちが分かるようになっていた。

 全てを捨ててでも、全ての責任を投げ捨ててでも、白竜と共にいたいと思うマーシアの気持ちと、まさしく同じだったのだから。


 けれど、一緒にいたい、とは白竜に言えなかった。

 白竜には、きっと自分は足手まといにしかならないだろうと、マーシアには思えて。

 ひ弱な人間の身が恨めしかった。

 そして、白竜にかわいがられているフリーシャが、うらやましかった。


 けれど、もう良い、と思った。

 まもなく、別れの時が来る。

 だからこそ、短くても、一度きりでも、恋ができた事に感謝しようと。

 出会えたのだから、きっと、それで良いのだ、と。

 それでも、これだけは、と、想いを口にする。

 せめてあなたの心に小さくでいいから、私の存在が、残ればいい。



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