押しかけるのは未来の花嫁
物心ついた時には、私は彼が大好きだった。
「おいちゃま」
舌っ足らずな口調で、そう呼んでいたという。
お母様は
「ほら、やっぱり、おじさまって思っているんです」
と、彼をからかい、彼は
「おにいさまと呼んでいるんだ」
と、言い張っていたのを、おぼろげに覚えている。
彼の主張は、残念ながら私の中には浸透しておらず、私の一番古い記憶では、私は彼のことを「おじちゃま」と呼んでいた。
勝ち誇ったようなお母様の笑い声と、地団駄を踏む彼の様子もおぼろげに覚えている。
とても楽しかったあの頃。
彼は、最近、私をみると、ちょっと後ずさるようになった。
それをみると、ちょっとむっとする。
こんなにかわいいレディーに対して、失礼すぎるもの。
でも本当は、私、知っているんだから。
彼が、本当に私を嫌うことはないって。私のことが好きだって。今はまだ、子供相手だと思っているみたいだから、相手にされていないのは私だってわかっている。でも、彼の側に一緒にいるのにふさわしいのは、きっと私以外にはいないはずだから。
絶対に、私は彼の気持ちを手に入れてみせるんだから。
だって、時間はたっぷりあるわ。
これからの人生、一緒に歩んでいけるのは、私ぐらいしかいないもの。
今日も彼の家にお邪魔した時は、逃げられる前に抱きついた。子供の頃から私のしてることは変わらないのに、彼は必死で逃げようとする。
なんだかんだ言って私には甘い彼が、私から逃げられるはずがないのに。
「おまえ、母親だろう、止めた方が良くないか? ありえないだろう?」
そういって逃げ腰になっている彼に、お母様が楽しそうに笑いながら言った。
「師匠、そろそろ、あきらめてはいかがですか?」
お母様は、いつだって私の味方。私が、彼のお嫁さんになると言ったとき、誰よりも喜んでくれたぐらいだもの。
「俺は嫌だぞ。アレが義理の父親になるのは」
「何をおっしゃっているんですか。あの人には、そんな親子の感傷などは皆無です。そんな心配はご無用なのは、師匠が一番ご存じでしょうに」
「そういう問題ではないだろう……」
私を首にぶら下げたまま、彼がため息をつく。
お母様は、彼に抱きついたままの私を見て
「師匠も意外と往生際が悪い方でしたのね」
と、楽しそうに笑う。
「それでは、師匠。娘をお願いいたします。無事、人間社会で生きていけるように知識と常識を授けてやって下さい。そのまま、嫁にもらって下さっても結構ですから」
そういうと、お母様は、「しっかりと、ハートを射止めるのよ」というように視線を送ってきて、彼が呼び止めるのを無視して、さっさと帰ってしまった。
私は、彼の胸に顔を埋める。
これから、ずぅ~~っと一緒。
勝負はこれから。
それに、私はこれから大人の女性になる。それは、これからの長い人生を考えると、あっという間のことだから、長期戦で良い。
それにここなら、おばさまとおじさまもいるし、二人とも私の味方になってくれる約束をして下さったもの。特に国王であるおじさまが一番乗り気でおもしろがっていらっしゃるから心強い。
幸先が良いって、きっとこういうのを言うのよね。
私が彼を見上げると、困った様子で私を見下ろしてくる彼の瞳に出会った。
私はにっこりと笑いかけた。
「ふつつか者ですが、これからよろしくお願いします。アトール様」
彼は、盛大なため息をつきながら天を仰いだ。
「その挨拶は、言葉のチョイスが間違っている」
そう、ぶつぶつとつぶやく彼の姿がとても可愛らしく思えた。
十数年後。もしくは二十数年後?
フリーシャの娘に言いよられて困惑するアトールの話。