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安心したところでフリーシャはアトールの幻影に詰め寄った。
「師匠、私が魔王の花嫁だって、気付いていたんじゃないですか?」
「さすがに、そこまでは分からないよ」
詰め寄るフリーシャに、アトールはハハハッと、軽やかに笑い飛ばした。それがあまりにもうさんくさくて、更に詰め寄ると、困ったように頭をかく。
「まあ、何か関係はありそうだな、とは思ったんだが、詳しいことが分からなかったのは本当だぞ。ただおまえのその魔力にしても、その護りにしても、あまりに巧妙すぎるしな。俺でもそこまで隠しきるのは難しいんだ。そこまでのことをおまえにやってやる理由を持つ者は人間では誰もいないんだ。だから、魔王が来た時、それをやったのは魔王だな、と、ようやく予測がついた。となると、そこまでして守っているおまえを傷つけることはないだろうとは思ったんだよ。もしかしたら、マーシア姫とおまえを間違ったかな~とは思ったんだけど、しかし、そんなあやふやな事言われても、おまえも困るだろ?」
いかにも、俺も困ったんだ、という風情で話しているが、本当のところはどう思っているのか、あやしい物だと、フリーシャは思った。
「じゃあ、私を王子の所に行かせたのは?」
「もちろん、お前の足じゃ無理だと思ったからだ。間に合わないどころか、絶対遭難するだろ?」
いかにもフリーシャを心配したかのように言うアトールを胡散臭げに見つめる。
「で、何を期待していたんですか?」
「はははっ、分かったか?」
「当たり前です!」
爽やかに笑うアトールが忌々しかった。
「たぶんお前の想像通りだよ。王子の呪いを解く足がかりにするためだ。まず、王子には怖がらない人間がいることと、信頼できる他人がいることを知ってもらいたかったからね」
「そういうことなら、何もこんな時じゃなく、もっと早く言って下されば……」
だったら、もっと早く手を貸すことが出来たのに。
なんだかんだ言っても、アトールに信頼してもらえるのはうれしい。口をとがらせた先で、アトールが穏やかに微笑んだ。
「呪いが解けた今なら言えるけど、解ける前に同情で相手してもらっても信頼なんて出来ないさ。お互いが切羽詰まってたから、強行でちょうど良いなぁと思ったんだよ」
この言葉にうっかりほだされそうになったフリーシャだったが、後半部分にちょっとむかっとした。
「私と王子が命がけで挑んだことを、ちょうど良いって、馬車に乗り合いするみたいに……」
あんまりだ。
こんな適当な考えの人を頼って、信頼して、命かけてここまできて……。
ぷるぷると怒りで震えるフリーシャに、爽やかな笑顔でアトールが追い打ちをかける。
「命がけじゃなかっただろう?」
「結果論に過ぎません」
今、目の前のアトールが影でしかないことが、これほどまでに悔やまれるとは思わなかった。握りしめた拳が震える。
「俺からすると、必然なんだよ」
アトールがにっこりと笑った。