51 姉の憂鬱4
マーシアが自分の気持ちに戸惑っていると、声がした。
「姉様」
フリーシャが駆け寄ってくる。少しほっとして、そして白竜との会話が途切れるのを少し残念に思いながら、マーシアは「なあに?」と微笑んだ。
「姉様、怖い思いをさせてごめんなさい。本当に、全部、私のせいだったの……」
今にも泣き出しそうな顔をしている妹を見つめながら、マーシアはこの子にどれだけ心配をかけたのだろうと考える。
愛しくて、かわいくて、大切な私の妹。
フリーシャは、今、一番欲しかった物を手に入れた。
それを喜ばしく思う気持ちと、手放したくないという想いとを噛み締めながら、マーシアはフリーシャを見た。
震えながらマーシアの手を取るフリーシャに、マーシアはゆっくりと首を横に振る。
「あなたの身代わりだったのなら、私はいくらでも危険を引き受けるわ。だから、自分を責めないで。あなたが無事なら、それでいいの」
微笑むマーシアに、フリーシャが首を横に振りながらぽろぽろと涙をこぼした。
「姉様は、いつだって、私のために無理をして……」
フリーシャの言葉に、マーシアは首を横に振る。
無理をしたことなどない。フリーシャがかわいかった。追いかけてくれる妹の姿に、どれだけ自分が救われていたかを、この子は知らない。
「無理をしたのは、あなたの方でしょう」
マーシアは、少しとがめるように妹を見た。
そうだ、と改めて思う。無理をしたのは、フリーシャだった。弱い女の体で、城から一日馬を走らせ、一日中竜の背で過ごし、魔王と戦うことを覚悟していたのだから。
これが無理でなくて、なんというのだ。
見つめる先で、フリーシャが躊躇ったように首を横に振る。
「……だって、私は……」
魔王の花嫁だから大丈夫とでもいうつもりなのか。
とんでもない、とマーシアは思う。
「思い出したのはさっきだって、聞いたわ。一人で何とかするつもりでここへ向かおうとしていたって……。それが無理ではなくって、何だというの!」
女の身で、一人で旅に出るなどと。しかも、魔物の巣窟を目指し、魔物の王と戦うつもりで。いくらとんでもない魔力があるといっても、フリーシャは城さえまともに出たことのない王女なのだ。
「こんな、こんな危ない、無理をして……」
フリーシャと握りしめあった手に力がこもる。
「だって、姉様……」
ものすごい剣幕のマーシアに、何も言えなくなったフリーシャがとうとう言葉をなくし、声を上げて泣き出す。
マーシアが抱きしめると、フリーシャが「無事でよかった」と、泣きじゃくりながらしがみついてくる。
「……ありがとう、フリーシャ。迎えに来てくれて、ありがとう……」
抱きしめながら震える声でつぶやくと、答えるようにフリーシャがマーシアを強く抱きしめ返してきた。
あたたかなぬくもり。私の大切なフリーシャ。
ずっと私を守ってくれていたぬくもり。
けれど、このぬくもりを、手放す時がきてしまった。
マーシアは漠然とした喪失感を覚えていた。