50 姉の憂鬱3
それ以上考えるのが嫌になり、マーシアはすぐ側で心配そうに自分を見つめる白竜へと目を向けた。
「私を助けるために来て下さって、私のために危険なことに付き合わせることになったのによくして下さってありがとうございます」
マーシアが複雑な気持ちを取り繕うように微笑むと、寄り添うように傍らにいる白竜が、わずかに身をよじるようにして頭を引いた。
『いえ、私は……』
白竜が否定しようとするのを見て、マーシアはクスリと微笑む。
表情など窺い知れない竜の姿なのに、大きな体で身をよじる姿は、どこか困っているように見えて、それが見た目の迫力とミスマッチでかわいらしく感じる。
なぜだろう、とマーシアは考える。竜は人間にとっては恐ろしい生き物だ。魔物とは違うけれど、人間からしてみると魔物と変わらないぐらい怖い存在。
なのに、初めからこの白竜のことを怖いとは感じなかった。フリーシャが安全だと言ったからではなく、本能的な恐怖を全く感じない。むしろ、この美しさには、目を奪われるほどだ。
「違いますわね。私を助けに来てくれたのではなく、フリーシャを助けて下さったんですわね。一端は私にあるとはいえ、妹にそれだけ心を砕いて下さったことを、心より感謝いたしますわ」
マーシアは自分の言葉にわずかにひるんだように見える白竜を見つめながら、少しだけ、胸が痛んだ。
この白竜は、自分を助けに来たわけではないのだと、自分の存在はフリーシャを助けるついでなのだと、そう思う気持ちが、心のどこかに引っかかる。見も知らぬ姫のために命を張ったわけではないという当たり前のことが胸を刺す。
白竜に、もっと、自分の事を見て欲しい。
マーシアは自分の中にわき上がる感情に戸惑う。
けれど、その気持ちをごまかしたくないと思った。少し苦しいけれど、とてもあたたかで、とても大切にしたいと思える、そんな気持ち。
動揺して言葉を失っている白竜にマーシアはほほえみかける。
「でも、私、ちょっと妬いてしまいますわ。嘘でも、よろしければ私のためであったとは、言っていただけませんか……? 私、初めて竜を見ました。あなたは、美しいですね」
白銀の透き通るような鱗にそっと触れ、赤い瞳をまっすぐに見つめて、マーシアはうっとりと微笑んだ。
その言葉に白竜が笑った。
『あなたのような美しい姫にそんな事を言われると困るな。フリーシャから、さんざん、あなたは美しいと、あなたを魔王の花嫁にするのは世界の大損失だと聞かされていたが、なるほど、あなたは美しい』
どくん、とマーシアの心臓がはねた。
マーシアを、あの美しい赤い瞳がとらえている。
カッと頭に血が上るような感覚。
顔が、熱い。
マーシアのほほが染まる。
何度も言われ慣れている言葉だった。なのに、何故、今その言葉に動揺してしまうのか。
それとも、この優しい声と目をした白竜からの言葉だから、なのか。彼の赤い瞳は美しすぎて心臓に悪い。見つめられてると思うだけでひどく緊張する。けれど、それはたとえようもなく誇らしく、うれしい物だった。