49 姉の憂鬱2
マーシアは深い溜息をつく。
白竜から知らされた事実に複雑な思いがこみ上げ、フリーシャが白竜に話したという過去の全てを、どのように受け止めればいいかさえも、戸惑っていた。
ただ、この状況に関しては、白竜がフリーシャと出会ってからここに至るまでの話も交えて教えてもらい、ようやく理解できた。
マーシアは、ようやく道を交えた二人に目をやる。
甘えるように魔王を詰る妹の姿があった。
思うところはいくつもある。けれど、虐げられるばかりの辛い城での生活の中でフリーシャを支えたのは、黒騎士への想いなのだ。
そして、魔物でありながら、魔王はただの「約束」を果たそうとしていた。
マーシアは、婚礼が始まる直前の魔王の様子を思い出す。
マーシアとの婚礼が始まろうとしたあのとき、無表情の魔王が、傲慢につぶやいた。
「そなたには興味がわかぬ。帰るがいい」
今思うと、嫌がる自分を勝手に連れてきて挙げ句の果てにその言葉とは、はらわたが煮えくりかえるほど腹立たしいが、煩わしそうに聞こえたその声に、その時は、ただほっとして力が抜けた。
解放される、その喜びが湧き上がったのもつかの間、突然城内が騒然とした。
マーシアの耳にも、聞こえるはずのない声が聞こえた。自分を呼ぶ異母妹の声に頭の中が混乱した。
「フリーシャ!」
魔物があふれるこんなところまでフリーシャが来ているという恐怖に必死に叫んだ。
目の前の魔王が、こんな乱入者を許すだろうか。そう思ったときのあの恐怖。
「フリーシャ?」
魔王のつぶやきにマーシアが振り返ると、少し眉をひそめ、問いかけるようにマーシアを見ていた。なぜ関心を示すのかという疑問と、魔王からフリーシャを守らなければという衝動と。
「妹に手を出さないで」
震える声を必死で押さえながら、マーシアはつぶやいた。
「それは、そなたの妹の名か?」
思い起こせば、あのとき初めて、無表情ではない魔王をマーシアは見た。
けれどその時はただそれが恐怖だった。フリーシャに興味を持ったのかもしれない、そう思うと、マーシアは恐怖に任せてひたすらに叫んだ。
「来てはだめ! フリーシャ! 来ないで! 逃げて! 逃げてぇ!!」
「だまれ」
「……っ」
あのとき、それまでにない冷徹な声の魔王に制され、マーシアは恐怖に声を失った。
思い返すと、魔王は、初めからフリーシャしか見ていなかったのだろうと思えた。「約束」にこだわっていたのも、唯一自分に興味を示していたその時も、魔王は自分の後ろに、幼いフリーシャの姿を見ていたのだろう。
そして、あの瞬間、ようやく、人違いに気付いたのだ。
マーシアは深く息を吐く。
極めて迷惑な話だった。
ちゃんと名前を聞いていればこんな事にならなかったのに。
そう考えて、そして、それはないと気付く。もし、魔王の目的がフリーシャだと知ったなら、マーシアはやはり自分がさらわれることを選ぶ。
結果は、同じだったかもしれない。