48 出会い4
そうして、人の身であったフリーシャの体に尋常ではない魔力を宿すことになった。
フリーシャは運命られた花嫁。
ただの人間であったのなら、わずかな魔力を得て身も心も魔物に堕ちる。
しかし、フリーシャは人の身でありながら、体も心もそのままに魔王の半分の魔力を得る。それは、人の身ではあらざる魔力だ。
人間の社会で生きて行くには不要であり、危険な力でもあった。
魔王は、不意打ちに起こった予想外の出来事に半ばあきれつつ、己のうかつさにため息を漏らした。
何が最もうかつだったかというと、契りの口付けが成立したという事である。
契りの口付けを成立させるには、いくら相手が望もうと、魔王自身が相手を花嫁と認めていなければ成立しない。
にも拘わらず、成立してしまった。魔王は、この幼い子供を、花嫁として認めてしまっていたということだ。
今契るのと、十年後に契るのとでは、花嫁の生態的に問題がある。魔王にとってはたかが十年の差、ほんのわずかな時間差ではあるが、それでも幼体と契るのはいささか不本意であった。
とはいうものの、不本意ではあっても、不快ではない。これは、自分の物だという満足感は少なからずある。
まあ、よかろう。
諦めがちに、魔王は思う。出会い頭から、この少女には振りまわされっぱなしなのだ、それが一つ増えただけのこと。
嘆息しつつも、腕の中で無邪気に笑う少女の存在はやはり小気味よい。
魔王は、無意識に魔力が発動することのないよう、幼い花嫁に力の制約を施し、少女が魔物に襲われることがないよう、魔物用の目印を兼ねた護りをつけ、人間にはこの魔力の存在を見抜かれることのないよう、巧妙に隠した。
魔王は腕の中できょとんとしている少女を見つめる。何が起こっているのか全く分かっていない。
「そなたには、大きな魔力が宿った。しかし、人として生きるにその力は不要。誰にも知られないように気をつけろ」
意味の分かっていないような顔で、フリーシャは素直にうなずく。
「はい、きしさま」
にっこり笑った顔に魔王は軽く不安を覚えた。なにしろ相手は幼児である。
「……否、迎えに来るその時まで忘れていた方が良かろう」
ため息混じりのその言葉に、フリーシャは盛大に暴れて抵抗した。
「いや! わすれるのはいやなの! くろいきしさまのことをおぼえておくの!」
魔王は、フリーシャが抗うのもかまわず、暴れるその小さな体を押さえつけ、魔王に関する記憶を全て記憶の底に沈めた。時が来れば思い出せるようにして。
しかし、フリーシャの必死の抵抗は、小さなほころびを残していた。魔王の半分の力を得たフリーシャが真剣に抗ったのだ、魔王の封印も完全な物になり得なかった。しかし魔王がそれに気付くことはなかった。
フリーシャは庭の隅で、眠るように小さく横たわり、魔王は去った。
そして、フリーシャにおぼろげな記憶だけが残った。迎えに来ると約束した、その面影だけを鮮明にして。