表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の花嫁  作者: 真麻一花
本編
47/65

47 出会い3


 魔王は己がどうしたいのかすら分からぬまま、何も言わずにただ抱き上げていると、少女はその腕の中で思うままさんざん泣いて、それから突然に泣き止んだ。

 なんだと思いつつ見つめる先で、少女はクスンクスンと鼻を鳴らして、ぎゅうっと魔王に抱きついたかと思うと、ぱっと手を離し、ごしごしと手でぬれた目を拭いている。

 今ひとつ理解できない動きだが、腕の中で繰り広げられるその愛らしい動きは、魔王の目に奇妙におもしろく映った。

 そして真っ赤だけれど、すっきりした瞳になった少女が魔王を見つめて言った。


「じゃあ、くろいきしさまは、ふりーしゃがおとなになったらむかえにきてくれるの?」


 さっきまで絶望したように泣いていたのが嘘のような、不思議なほどの立ち直りの早さに、魔王は虚を突かれる。けれど、赤く潤んだ幼子の真摯なまなざしに、どうやら本当に落ち着いたことを感じ、ほっとしていた。この少女が泣くのは、不快だった。

 そして滑稽なほどに、この少女の一挙一動に振りまわされている自分の感情を、魔王はなぜか不快に感じていなかった。



 大人になったら迎えに来るのかとの問いに「そうだ」と魔王がうなずくと、少女は更に詰め寄ってくる。


「ほんとうに?」


 縋る瞳に、魔王は笑う。その必死さが自分に向けられているのが心地よかった。


「大人になるまでがんばれるか?」


 笑った魔王の顔に、フリーシャは驚いて、一瞬言葉に詰まる。フリーシャの目に映るそれは、とても、とても綺麗な笑顔だった。宝物を差し出されたような衝撃。なにより優しく笑いかけられたのがうれしくてたまらない。

 穏やかに笑うその顔を見ながら、フリーシャは赤い目をしたまま、とても幸せそうににっこりと笑った。


「くろいきしさまがおむかえにくるまで、がんばるわ」


 そして、とても真剣な顔をして、


「じゃあ、くろいきしさま、おやくそくね? ふりーしゃがおとなになったらむかえにきてね。おやくそくね?」


 そう言って少女は真剣に見つめて来る。

 それを見下ろし、魔王は内心笑った。

「約束」などという言葉、魔物相手とは知らないとはいえ、何とも幼いことだと。


「約束」などという脆い言葉に縋るのは、人間らしい愚かさと、魔王は認識していた。

 何の力も持たない「約束」に一体何の意味があるのだと。

 だがそう思う反面、魔王は少女の言う「約束」を心地よく感じていた。

 この少女から向けられる物、全てが興味深く、心地よい。

 強制力の欠片もないその「約束」が、魔王の心を縛る。

 少女の望むままに、迎えに来てやろうと。その「約束」を果たしてやろうと。

 それもまたよかろうと魔王は考える。

 その約束とやらを、この少女のためなら果たしてみるのも悪くないと。

 真剣に見つめてくる少女に魔王は応えた。


「約束しよう」


 少女がことのほか嬉しそうに笑った。


「じゃあ、おやくそくのしるしね」


 フリーシャは、魔王にしがみついていた手を、魔王の顔に伸ばした。小さな手が魔王の顔を優しく包んだ。

 そして、幼いがゆえの強引さと、突拍子のなさで、何の心構えもなかった魔王に不意打ちを食らわせた。

 幼い少女の食らわした不意打ちの口づけは、行動の思いがけなさ以上に思いがけない事態をもたらした。

 幼いがゆえの真摯さが、些細な約束の言葉を強力な言霊へとかえ、幼い口づけに力を宿したのだ。

 些細な「約束」だった。しかし、それは、少女を魔王の花嫁へと変える、契りの口づけとなった。


 魔王の意志を、完全に無視して。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ