47 出会い3
魔王は己がどうしたいのかすら分からぬまま、何も言わずにただ抱き上げていると、少女はその腕の中で思うままさんざん泣いて、それから突然に泣き止んだ。
なんだと思いつつ見つめる先で、少女はクスンクスンと鼻を鳴らして、ぎゅうっと魔王に抱きついたかと思うと、ぱっと手を離し、ごしごしと手でぬれた目を拭いている。
今ひとつ理解できない動きだが、腕の中で繰り広げられるその愛らしい動きは、魔王の目に奇妙におもしろく映った。
そして真っ赤だけれど、すっきりした瞳になった少女が魔王を見つめて言った。
「じゃあ、くろいきしさまは、ふりーしゃがおとなになったらむかえにきてくれるの?」
さっきまで絶望したように泣いていたのが嘘のような、不思議なほどの立ち直りの早さに、魔王は虚を突かれる。けれど、赤く潤んだ幼子の真摯なまなざしに、どうやら本当に落ち着いたことを感じ、ほっとしていた。この少女が泣くのは、不快だった。
そして滑稽なほどに、この少女の一挙一動に振りまわされている自分の感情を、魔王はなぜか不快に感じていなかった。
大人になったら迎えに来るのかとの問いに「そうだ」と魔王がうなずくと、少女は更に詰め寄ってくる。
「ほんとうに?」
縋る瞳に、魔王は笑う。その必死さが自分に向けられているのが心地よかった。
「大人になるまでがんばれるか?」
笑った魔王の顔に、フリーシャは驚いて、一瞬言葉に詰まる。フリーシャの目に映るそれは、とても、とても綺麗な笑顔だった。宝物を差し出されたような衝撃。なにより優しく笑いかけられたのがうれしくてたまらない。
穏やかに笑うその顔を見ながら、フリーシャは赤い目をしたまま、とても幸せそうににっこりと笑った。
「くろいきしさまがおむかえにくるまで、がんばるわ」
そして、とても真剣な顔をして、
「じゃあ、くろいきしさま、おやくそくね? ふりーしゃがおとなになったらむかえにきてね。おやくそくね?」
そう言って少女は真剣に見つめて来る。
それを見下ろし、魔王は内心笑った。
「約束」などという言葉、魔物相手とは知らないとはいえ、何とも幼いことだと。
「約束」などという脆い言葉に縋るのは、人間らしい愚かさと、魔王は認識していた。
何の力も持たない「約束」に一体何の意味があるのだと。
だがそう思う反面、魔王は少女の言う「約束」を心地よく感じていた。
この少女から向けられる物、全てが興味深く、心地よい。
強制力の欠片もないその「約束」が、魔王の心を縛る。
少女の望むままに、迎えに来てやろうと。その「約束」を果たしてやろうと。
それもまたよかろうと魔王は考える。
その約束とやらを、この少女のためなら果たしてみるのも悪くないと。
真剣に見つめてくる少女に魔王は応えた。
「約束しよう」
少女がことのほか嬉しそうに笑った。
「じゃあ、おやくそくのしるしね」
フリーシャは、魔王にしがみついていた手を、魔王の顔に伸ばした。小さな手が魔王の顔を優しく包んだ。
そして、幼いがゆえの強引さと、突拍子のなさで、何の心構えもなかった魔王に不意打ちを食らわせた。
幼い少女の食らわした不意打ちの口づけは、行動の思いがけなさ以上に思いがけない事態をもたらした。
幼いがゆえの真摯さが、些細な約束の言葉を強力な言霊へとかえ、幼い口づけに力を宿したのだ。
些細な「約束」だった。しかし、それは、少女を魔王の花嫁へと変える、契りの口づけとなった。
魔王の意志を、完全に無視して。