44 姉の憂鬱
人の気などお構いなしにいちゃいちゃし始めたフリーシャと魔王を見ながら、マーシアは呆然と立ちすくんでいた。
「……どういう、事?」
尋ねるとはなしに、マーシアはつぶやく。側に控えるように彼女を支えている白竜が静かに答えた。
『フリーシャの黒騎士は、魔王だったのだ。……黒騎士を、あなたは知っているだろう?』
「魔王が、フリーシャの黒騎士……?」
白竜の言葉を呆然と繰り返す。まさかという思いがまずわき上がった。そんな事があっていいはずがない。あの恐ろしい魔王がフリーシャの待ち続けていた黒騎士だなんて事があっていいはずがない。
魔王だなんて。
残虐非道で、人を虫けらのように扱うのが魔物だ。その魔物の王だなんて。そんな「モノ」が、フリーシャの黒騎士?
こみ上げるのは不快感と、恐れだった。魔物は、人間とは違う感覚で生きている。言葉が通じるのに、通じない。魔物は、心を見ない。人の想いを解さない。
マーシアはそれをこのたったの二日で痛感した。
特に、あの魔王は、ダメだ。人間に到底理解できるような生き物ではない。感情という感情が一切感じられない。闇の深淵を映し出す、人と似た形をした、人にあらざる「モノ」だ。
あんなモノがフリーシャを幸せに出来るはずがない。
あれはまるで闇を纏った人形、気味が悪い「モノ」。まるで禍々しく美しい人形が動いているような気味の悪さ。そこに感情は皆無としか思えなかった。魔王に対峙した時マーシアが感じたのは、悪意すらなく、あるのは個人の興味と、それを満足させるために備わった残虐さ。そうと思わせる空気を纏わせた圧迫感と恐怖。
あれはダメ……!!
マーシアの理性も感情も、魔王がフリーシャの黒騎士であることを全力で否定する。
なのに、視線の先ではフリーシャと魔王が並んでそこにいて、フリーシャがこの上なく愛おしそうに魔王を見ているのだ。
……フリーシャ。
二人を見ているマーシアの胸の内に複雑な思いがこみ上げてくる。フリーシャは望む者を得た。得たのだ。そして視線の先に、マーシアが恐ろしくてたまらないと感じていた魔王の姿は、今はない。
そこにいるのは、フリーシャを得て、穏やかに微笑む黒衣の騎士だった。
気に入らない、と、マーシアは思った。
大切なフリーシャを、魔王の花嫁にするなどと許し難いことだった。
しかし、魔王はフリーシャの言うとおり迎えに来たのだ。そのお迎えでとんでもない間違いをしてくれたとはいえ。
この憎き魔王は、フリーシャにとっては、間違いなく黒騎士なのだ。
そして、魔王のあの冷酷な視線を真っ向から受け止めたマーシアだからこそ分かることもあった。
魔王にとっても、フリーシャは特別な存在なのだと。
この、恐ろしいほど魔物の気配に満ちあふれた場所で、恐ろしいほど似つかわしくない空気を醸し出しながら、はばかることなくいちゃついている二人を見て、マーシアはため息をつく。
まるで一対で作られたかのような二人。
そう、一対なのだ、と、マーシアは思った。悔しいけれど、魔王はフリーシャの半身なのだ。
フリーシャは、一度たりとも、黒騎士が迎えに来るのを疑うことはなかった。幼い頃から、迎えに来ると言って信じていた。
それが魔王だなんて、許せない。
許せないけれど、受け入れるしかないのだろう。
納得がいかずに険のある表情で二人を見つめるマーシアに白竜が語りかける。
『幼い頃に、フリーシャは既に魔王と契っていたと聞いた』
その言葉にマーシアが露骨に侮蔑を込めて眉をひそめた。
「……幼女趣味?」
魔王に対する悪意と怒りがこれ以上ないほどこもっていた。
あながち間違いとはいいがたいきつい一言に苦笑いをしながら、白竜は来る途中で聞いた話を語りはじめた。フリーシャが幼い頃交わした約束を。