43 対峙7
私は、魔王の花嫁。運命られ、契りを交わした者。魔王こそが私の半身。
マーシアを苦しめてしまったとわかっていても、それでも、変えることの出来ない想いだった。
自分の事だけを考える己の姿が浅ましく思えた。マーシアのことを一番に考えたいのに、考えられない自分が。
それでも。たとえマーシアに嫌われたとしても。マーシアに害をなしたのだとしても。
結果、姉様が無事ならば、私はそれを許容し彼を手に入れる。
例え魔王がマーシアに心を奪われていたとしても。例えマーシアが魔王に心を奪われていたとしても。
魔王の花嫁になるのは、この私だ。
それだけは、フリーシャの中でどうしようもなく、変えられない想いだった。
「迎えに来るって言ったのに」
ずっと待っていたその人がそこにいる。そして自分を抱きしめている。
そのことが幸せでただ泣けてきて、他の事が考えられなくなるほどに愛おしかった。
手を伸ばせば触れられる。フリーシャは、何よりも望んだ黒騎士を手に入れたのだ。
けれど、フリーシャは歯を食いしばり、彼を抱きしめそうになる手のひらをぐっと握りしめた。
気持ちは流されても、これだけは。
本当に怒っていたのだから一矢報いたかった。
「うそつき」
フリーシャは魔王の胸元の服を握りしめ、頭ひとつ分ほど上にある魔王の瞳をにらみつけた。
ずっと思い描き求めていた面影と寸分違わぬその姿がそこにある。けれどこれだけは言う。
「私が迎えに来なきゃいけないなんて、聞いてないわ。その上姉様を選ぶなんて、あんまりだわ。どうして間違えるの、どうして姉様なの」
怒っていたのに、言葉にすると涙がこみ上げてくる。
ひどい。
心の中で何度もなじる。
ずっと待ってたのに。忘れさせられても、忘れずに待ってたのに。どうして私を選んでくれなかったの。どうして間違えたりするの。
切なさに胸が苦しかった。
「……姉様が、私より美人だから? 私より、価値があるように見えたの?」
他の誰に、マーシアの方に価値があると思われても良い。マーシアがフリーシャより美しいのも事実だから、それもかまわない。
けれど、彼にだけは、違うと思っていて欲しかった。
「私、そんなに姉様より劣っていた……?」
ずるい聞き方だと思う。彼はきっと否定する。魔王がマーシアに興味がないことをフリーシャは感じ取っていた。そしてフリーシャに向けて「私の花嫁」と、確かに彼は言った。それでも、聞きたかった。安心したかった。不安でたまらなかった。
フリーシャを支えてきたのは、ひたすらに「黒騎士」への想いだった。そして、マーシアの存在。その、支えは、黒騎士がマーシアを選んだのだと思った瞬間、何もかもが崩れたような絶望が襲っていた。
今はもう、そうではないと感じている。
だからこそ、聞いておかなければならないことだった。
それはフリーシャにとって自分の存在意義さえ揺るがすほどに、大切なことだったから。
なんでもないことは分かっている。それは、この状況を見れば分かる。
魔王は、フリーシャがこの広間に入ってきた瞬間から、彼女を「認めて」いた。
フリーシャもそれを感じ取っていたからこそ、マーシアとの再会を心底喜ぶ余裕を持てたのだ。その程度には確信していた。だからこそ聞ける。
信じているけれど、信じられるだけの根拠が欲しかった。フリーシャには、マーシアを凌ぐだけの物を持っているという自信がなかった。
だから知りたかった。なぜマーシアを選んだのか。
泣いたりするものか、と、フリーシャは涙をこらえて魔王をにらみつけるようにして見つめる。
見つめる視線の先で、今まで全く何事にも動じなかった魔王がついに困ったように軽く目をそらした。
「……ちょっとした手違いだ」
「そんな言葉じゃ、納得できないわよ……!!」
涙目なフリーシャの渾身の一撃が炸裂した。