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魔王の花嫁  作者: 真麻一花
本編
40/65

40 対峙4


「フリーシャ!!」


 魔王に向かうフリーシャを見てマーシアが悲鳴を上げる。

 白竜がそれを支えるようにして、寄り添うようにその首を彼女にもたげ、静かに、彼女を落ち着かせるようにささやいた。


『マーシア姫。フリーシャは大丈夫だ。彼女は約束を思い出したのだから』

「……約、束……?」


 マーシアは、その言葉に、はっと思い出す。魔王が何度も口にした言葉だった。

 マーシアは確認するように白竜を見た。

 白竜が、ゆっくりと頷いた。






 フリーシャは剣を構え魔王に向けて駆けてゆく。

 わずかに苦い思いが胸をよぎる。

「約束」を、思い出した。

 それは魔物の先導にまかせ、白竜の背でフリーシャが混乱しているときだった。



 その時は自分が魔王の花嫁だという事実に、どうしても心当たりがなかった。

 フリーシャは過去の記憶をさらうが、どうしてもわからないのだ。


 いつ自分は魔王と契ったのか。


 それは、この護り……魔王の印がいつ付けられたか、という事でもある。

 この強大な魔力は生まれ持った物だと思っていた。けれど魔王の花嫁となった故の魔力ならば、それは違っていたということになる。

 とはいえそんな衝撃的なことを忘れるというのは腑に落ちない。

 なのに記憶をたぐり寄せたところで思い出せず、フリーシャは息をついて、改めて目的地を見た。


 その時だった。

 とたんに、どくん、と、心臓が跳ね上がった。

 言葉にしがたい衝撃だった。


 その衝撃を与えた物は。

 視線の先には魔王の城がある。そして、取り巻くのは次第に強まる魔物の気配。この辺り一帯をしめるこの圧迫感は、おそらく、魔王の気配。


 それまでくすぐるようにフリーシャの記憶の琴線に触れていたそれらが、襲いかかるように、フリーシャの心を揺さぶってきたのだ。


 フリーシャの中でせき止められていた何かが、はじけ飛ぶように、壊れた。


 そして気付く。

 この山に入って以来感じていたどうしようもない心地よさ、その理由。

 自分が魔王の花嫁ならば納得がいくと思っていた。けれど、それは違うかも知れないと気付いた。


 フリーシャは、この存在感を知っていた事に気付いてしまった。


 そうだ、この心地よさは懐かしさだ。いつか自分が感じた、懐かしい、愛しい記憶をくすぐる、そんな心地よさだ。


 この圧迫感を、あたりを支配する圧迫感のような空気をまとう人をフリーシャは知っていた。

 これは彼を思い出したときの感覚。


 私の黒騎士がまとう空気。


 どくり、どくり……刻む心臓の音が頭の中にまで響き渡るような感覚に、フリーシャはあえぐように浅い呼吸を繰り返す。息をするのさえ苦しく感じた。


 この存在感は、私の黒騎士の物。


 しかし望む先にいるのは、魔王。

 分かりたくなかった。分かってしまえば、自分はどうすればいいのか分からなくなってしまう。

 けれど、おそらくは、それが事実。


「……そんな!!」


 自覚した瞬間、息切れするほどの動悸が一気におさまり、一転して体が冷える。ざっと血の気が引く音を聞いた気がした。耳の奥が痛い。



 私の黒騎士が、魔王。


 血の気が引いた頭は、真っ白で、その事実だけがフリーシャに突きつけるように存在していた。


 思い出した。思い出してしまった。

 歓喜と絶望に、フリーシャの中の感情が付いていかない。


 そう、約束したのだ。だから私はずっと彼が迎えに来ると信じていた。

 そして魔王は迎えに来た。花嫁としてフリーシャを。なのにフリーシャではなく偽の印が付いたマーシアを誤ってさらってしまった。


 魔王が、私の黒騎士。


 じわり……と漏れるように、今まで思い出せなかったことがフリーシャのたぐる記憶の糸に絡まってくる。失っていた記憶が、閉ざされていた記憶の扉の向こうから、じわりとにじみ出てくるように思い出される。


 黒騎士に出会った記憶が明確さを増してゆく。


『じゃあ、くろいきしさま、おやくそくね?』


 あのとき、私はそう言った。


『約束しよう』


 彼はそう答えた。

 思い描く黒騎士の姿に、幼い頃の自分の声が重なる。


 そうだ、私は、約束をした。

 あの約束が、私の全て。そのためだけに生きてきた。

 それなのに。


 握りしめた両手の拳がふるえる。フリーシャは耐えるように奥歯を噛み締めた。

 魔王はマーシアをさらった。マーシアを危険にさらしているのだ。

 フリーシャは、全てを思いだし、そして理解した。


 許せなかった。





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