4 旅立ち3
ごめんなさい。
心の中で謝る。けれど、譲るつもりはなかった。
「ばあや。この城の中で、あなたと姉様だけが私の味方だわ。私は、あなたと姉様のためなら、なんだってするわ」
「でしたら、私のために、おやめ下さい!」
叱りつけるように詰め寄る乳母に、フリーシャは苦笑いする。
痛いところを突かれた。
でも、それとこれとは別なのだ。
「いやよ。姉様が消えちゃうなんて、絶対に耐えられない。やめないわよ、もちろん」
「姫様」
厳しい声と、それに反して揺らぐ乳母の縋る視線に、どう説得したら良い物かとフリーシャは必死に考えた。
悲しませたいわけではないのだ。心配させたいわけでも。
「ばあやは、私が元気に帰ってくるのなら良いでしょう?」
「無事に帰る保証がどこにありますか」
説得に、あまり時間をかける余裕はない。フリーシャは逡巡した末に、これだ、と提案する。
「とりあえず師匠に相談するから。それなら良いでしょう?」
その言葉に今度は乳母が考え込むように口をつぐみ、そして、探るようにフリーシャを見た。
「本当ですね? アトール様に、本当に相談されるのですね?」
「ええ。約束するわ。私も独断で行動するには、少し心許ないから」
フリーシャは乳母とまっすぐに目を合わせる。ややあって、乳母は小さくため息をついた。
「わかりました。それならば、お止めする役はアトール様にお任せいたします。姫様。私は、絶対に、反対ですからね」
うまくいった。
思ったより、簡単に譲ってもらえたことにほっとする。けれど、それは表に出さないでおいた。
乳母は本当によくフリーシャの性格を心得ている。フリーシャが全くあきらめる気はないことを分かっているのだろう。
しかし、フリーシャもまた知っている。アトールが真っ当な大人として、乳母から信頼を得ていることを。
しかし乳母にとって、アトールに判断を任せたことは誤算となるだろう。
フリーシャは、内心喝采を揚げていた。
実は一番の難関は乳母だったのだ。フリーシャが師匠と慕うアトールは、乳母の前では体裁を整えていたが、かなり砕けた人だ。勝算さえあれば、快く送り出してくれるだろう。
フリーシャは、早速出かける準備に取りかかった。
乳母がまだ引き留めようとしてくるが、判断はアトールに託されたのだ。強くは出てこようとしなかった。乳母の複雑な表情を見ないようにしながら、荷物を背負う。
「私がいない間だけど、お姉様が拐かされて、寝込んだことにしておくわね」
ベッドに布団を丸めて突っ込むと幻術をかけて、自分が寝込んでいる幻影を作り出す。そして、身軽な服に着替えると、乳母を見た。
最後まで準備を手伝おうとしなかったのが、彼女の抵抗か。
「ばあや、行ってくるわ。必ず姉様を助けてくるから」
安心させるように笑ったフリーシャに、乳母が強くその手を握った。
「姫様。私は、絶対に、絶対に、許しませんよ。……ですから、必ず無事に、必ず、戻っていらして下さい」
祈るような声だった。フリーシャはきゅっと口元を引き締めた。
辛くて、けれど、うれしかった。
「もちろんだわ。……いってきます」
乳母に力強くうなずいてみせると、フリーシャは窓を開け、ひらりと宙に体を浮かせた。
ひとまず町に向かう。
自分の力を知るもう一人の人、魔術の使い方を教えてくれたアトールの元へ。