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魔王の花嫁  作者: 真麻一花
本編
39/65

39 対峙3


「姉様、私は大丈夫」


 取り乱したマーシアを強く抱きしめると、フリーシャは首を横に振った。


「姉様、ありがとう。私は大丈夫です」


 フリーシャは、なお強くマーシアを抱きしめた。

 嬉しかった。こんな状況にあってもなお、自分の事よりフリーシャを思うマーシアの心が。

 反面、それほどまでに思ってくれているのに……と思うと、自分が許せなく思えた。それでも、とフリーシャはマーシアを抱きしめる腕の力を緩める。


「姉様、彼の側なら安全です」


 フリーシャはすぐ後ろに控えていた白竜を振り返った。


「彼は、私をここに連れてきてくれたんです。彼がいたから間に合ったんです。彼は味方です」


 マーシアを白竜のもとへと促し、フリーシャは白龍と目を合わす。


「白竜の王子、姉様をお願いします」


 白竜が小さくうなずき、マーシアが白竜の側にいるのを確認して、フリーシャは再び魔王を振り返った。


「フリーシャ!」


 納得など行くはずのないマーシアが彼女を止めようとするのを、白竜が押さえる。


「離して! フリーシャ!」


 フリーシャはマーシアの叫びを背に魔王に向かって足を踏み出した。

 姉様は無事だった。


 もう良い。姉様がご無事なら、もう、それだけで。

 だから、この先は、私の問題。


 フリーシャは気持ちを落ち着けるように目を閉じる。

 今度はゆっくりと息を吸うと、覚悟を決める。

 安堵する心を押し込めた先に、フリーシャの中にこみ上げてくる感情は、怒りか、それとも。

 フリーシャは広間の中央に立つ黒衣の男の顔をじっと見つめる。


 持て余すほどの感情の渦が胸の内にあった。

 あのとき魔物が言った。フリーシャは運命の花嫁なのだと。

 魔王の半身なのだと。

 目の前には、人にあらざる美しい魔物がいる。


 あれが……。


 改めてその存在を真正面にとらえてフリーシャは息をのむ。この場を支配するような圧迫感に心臓が捕まれたように思えた。


「……魔王?」


 フリーシャは、黒衣の男をその瞳にとらえたままゆっくりと広間を進んでいく。

 魔王は、わずかに目を細めてフリーシャを見ていた。


「姉様は、返してもらうわ」


 フリーシャは、ゆっくりと宣言をした。

 魔王と向き合ったなら、その姿を自分の目に映したなら、自分はどうなるだろうと、フリーシャはここに来るまで何度も考えていた。

 意外に、冷静な物だと、不思議なぐらい落ち着いている自分に驚く。けれど。

 進む先にいる黒衣の男を見据える。

 魔王もまた静かにフリーシャを見ていた。


 今更、引き返せないのだと。

 その深い闇色の瞳を見つめてフリーシャは思う。

 マーシアの怯え方は尋常ではなかった。到底、許せることではない。

 フリーシャは魔王をにらみ返しながら、近くに控える人型の魔物に歩み寄る。


「その剣、貸していただける?」


 微笑んで手を出したフリーシャに、フリーシャをここまで案内した魔物は、クスリと微笑んで楽しげに「どうぞお使い下さい」と差し出した。

 フリーシャは剣を片手に呪文を唱えながら、魔王を観察する。


 腹立たしい、とフリーシャは思った。これだけ堂々と呪文を唱えているのに邪魔をするつもりはないようだ。見くびられているのか、それとも。


 確かに、私は魔王の花嫁なのだろうと思った。

 魔王を前にして、確信してしまう。だから、魔王の前に立つフリーシャを誰も邪魔しない。


 フリーシャは魔力で強化した剣を握りしめ、切っ先を魔王へと向けた。

 しかし、魔王はそれを見ながら止める素振りもなければ、表情さえ変わらない。

 その無表情な顔を睨み付けながら、フリーシャの口端がわずか、笑うようにゆがんだ。


 あざけりをふくんだその表情は、魔王に向けられた物ではなかった。他の誰でもない自分自身に向かっていた。

 落ち着いている心とは裏腹に、フリーシャは怒っていた。

 魔王にも、マーシアをこんな目に遭わせてしまった自身にも。


 なのに、選ぶ道を変えられない。変える気もない。フリーシャが選ぶ道は、ただひとつだった。

 フリーシャは剣を構えると真っ直ぐに魔王に向かって駆けて行き、力一杯その剣を振りかぶった。



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