38 対峙2
ひどく青ざめた顔をしていたが、そこにいるのは、紛れもなくフリーシャが愛するマーシアだった。
間に合ったのだ。
フリーシャは泣きそうなほどの歓喜を胸にゆっくりと息を吐く。
マーシアがフリーシャに向かってかけてきた。
ふわりと懐かしいマーシアの香りに包まれ、気がつけば、フリーシャは彼女の腕の中にいた。
「姉様」
マーシアがフリーシャを抱きしめている。
「なぜ、こんな危ないことを!!」
フリーシャを抱きしめるその腕が震えていた。強く抱きしめられながら、フリーシャはそっとマーシアの震える背に両手を添えた。
胸が詰まる。
気丈なマーシアがこんなに震えるほど恐ろしい思いをしていたのだと。なのに、心配するのはフリーシャのことなのだ。
ごめんなさい。
うれしくて、申し訳なくて、マーシアのことがひたすらに恋しくて胸が苦しかった。
フリーシャを強く抱きしめながら、がちがちと震えてマーシアが言う。
「私のことは良いから、早く逃げて」
「……姉様。ご無事でよかった……」
フリーシャは、大丈夫と伝えるように、マーシアを抱きしめる手に力を入れた。
なんと言えばいいだろう。なんと謝れば。
こんなに私を思ってくれている姉様を巻き込んでしまった私は、どうすれば許されるだろう。
「ごめんなさい、姉様。こんな目に遭わせて……」
フリーシャは、少しだけマーシアから体を離す。震えるマーシアが、問いかけるようにフリーシャを見ていた。
苦しかった。いっそ、このまま全てを隠して黙っていたい。けれど、言わなければいけない事だった。
自分の罪を背負う覚悟を決めて。そしてそれは出来るだけマーシアに心配をかけさせないように伝えなければならないのだ。
フリーシャはマーシアをまっすぐに見つめた。
「姉様。私は大丈夫です。姉様がこんな目にあったのは、私のせいだったの。怖い思いをさせてごめんなさい」
そこまで言うと、たまらず、フリーシャは苦しさに唇を噛んだ。どう言えばいいのか、何から伝えればいいのか。
しかしどれをとっても、マーシアにひどい巻き添えを食らわせたという事でしかなく、いたたまれない思いにさいなまれる。
「何を言っているの?」
マーシアの戸惑う瞳を見つめながら、フリーシャは躊躇う。伝えるというだけの事が、こんなに苦しいとは思わなかった。
「魔王は、姉様と私を間違えたんです。姉様をこんな目に遭わせてしまったのは、全部私のせいだったの。魔王が姉様を花嫁と間違えたのも、私のせい。私が、姉様に魔王の印をつけてしまっていたからなの。ごめんなさい」
フリーシャはどんな苦境にあっても自分を思い続けてくれたマーシアを前に、どう謝って良いかも分からなかった。申し訳なさで胸がつまる。涙がこぼれた。
「間違い……。魔王の印……? フリーシャが、魔王の花嫁……?」
「……魔物が、私を攻撃してこないのが、その証拠です」
把握しきれずにつぶやくマーシアに、フリーシャは覚悟を決めてうなずく。
マーシアの顔が、いっそうひどく強ばった。
「なんてことを……!! なぜここに来たの! フリーシャ、逃げて! 早く逃げて!」
叫びながら必死の形相でフリーシャに詰め寄るマーシアにフリーシャはこみ上げてくる涙を抑えられなかった。
「姉様……!」
危険を背負わせたのはフリーシャと知って尚、そして、この場にあっても尚、マーシアが心配するのはフリーシャのことだった。
フリーシャの中にせめぎ合ううれしさと、感謝と、そして、罪悪感。
万感の思いを込めて、フリーシャはマーシアを抱きしめた。