34 不安
魔物が先頭を切り、その後にフリーシャを乗せた白竜が続く。
『フリーシャ』
飛びながら白竜が問いかける。
『相手は魔物だ。信用するつもりなのか?』
「信用しても、しなくても、道案内がいた方が早く着くと思うわ。もし騙している素振りがあるのなら、そのとき手を打てばいい。真実なら、これでいい。この方が手っ取り早く姉様のもとに行けるから」
フリーシャの覚悟は決まっていた。
しかし白竜はそれをとどめようとする。
『ならば、仮に真実だとして、間に合えば、今度はそなたが魔王の花嫁だ。どうする気だ』
フリーシャの心臓が、どくりと音を立てた。
魔王の花嫁となってしまえば、自分はどうなるのか。
心臓が、どくり、どくりと追い詰めるようにフリーシャを揺さぶる。
脳裏にまず浮かんだのが、黒騎士のこと。
彼を、諦めると言うことになるのか。
思った瞬間、心臓が悲鳴を上げた。
イヤだ、と、切実に思った。彼のことを諦めることなど出来ない。
けれど。
フリーシャは唾液を飲み込む。
動揺している自分を感じていた。フリーシャは、ためらっていた。
「フリーシャ」
ためらうフリーシャに追い打ちをかけるように、白竜がひどく低い声で答えを促した。
息を深く吸う。
答えは、変えられない。
だから。全ては後だ。そう心を決める。
私の感情にとらわれてはいけない。ホントか嘘かはもう考えない。話に乗った以上、後は見極めるだけだ。最優先は、姉様だ。
フリーシャは、自らの黒騎士を想う心を遮断する。
そして無理矢理に口端を上げると、フリーシャはあえてなんでもないように、軽く言ってのけた。
「どうにかするわ。それに、今、一番に考えなければいけない事は、姉様の安全だもの。私は、あの魔物が言った事は本当だと思っているの。姉様と私を間違えたのは、あれは騙すための手口には見えなかったもの。ならば、姉様が私の身代わりになってしまったのだから尚更、姉様の事を先に考えないと。私が間に合えば、本来の状態に戻るだけだもの」
『そなた、何を言っているのかわかっているのか?』
明るく振る舞うフリーシャに反応して、白竜の声に怒りが混じる。
私のために、怒ってくれている。
それがうれしくて、けれど今は辛くて、苦く笑って気持ちを静める。そしてことさら明るく笑顔を作る。声が、少しでも明るくなるように。
「だって、姉様は普通の女の子だもの。私には力がある。それがたとえ魔王から与えられたものだとしても。それに契っておきながら、今まで放って置かれたぐらいなのよ。きっと何とかなるわ。……それよりも」
フリーシャは言葉を切ると、進行方向に目を向けている白竜をじっと見つめる。時折目が、心配そうにフリーシャをとらえている。フリーシャは切実なほどの思いを込めていった。
「白竜の王子、姉様の事をお願い。私の事なんていいから、姉様の事を守ってね。もしもの時は、私の事はいいから、姉様を連れて逃げてね」
しかし白竜が声を荒らげた。
『私は、そなたを見捨てるつもりはない。そんなつもりなら、そもそもこんな事に付き合ったりはしない』
怒れる白竜に、フリーシャが嬉しそうに笑った。
「やっぱり、あなたは私の幸運だわ。安心して姉様を預けられるもの。あなたに会えてよかったわ」
『フリーシャ! あきらめるのか?! そなたが言ったのだぞ、あきらめるなと!』
フリーシャは微笑んだ。
「私はあきらめているわけではないわ。ただ、最善の道を考えているだけ。最善の道を考えた時、必要ならば、望んだ道も捨てるわ。けれど、残った道の中での最善を探すわ」
半ば自分に言い聞かせるような言葉だった。
『そなたの言う最善とは、そなたが花嫁になる事ではあるまいな?』
低く唸るように言った白竜に、フリーシャは一瞬言葉を詰まらせた。