33 魔物5
半狂乱になって叫ぶフリーシャを白竜がなだめようとする。
『フリーシャ、落ち着け』
「私が姉様に魔王の印をつけてしまったのよ! 私だったのに! 魔王に連れ去られるのは私だったはずなのに! 姉様が私の身代わりになってしまった!」
守りたいだけだった。
なのに、守るためにした事がマーシアの不運につながった。自分を守る力を、そのままマーシアに同じように護りとして施してしまった。アトールにもできないことだが、フリーシャにはそれを真似ることがいとも簡単にできてしまった。
その意味するところを考えれば、この魔物の言葉とつじつまが合う。
気が狂ったように泣き崩れたフリーシャに、魔物が言う。
「姫。姉君は無事です。魔王様と契ったのはあなたさま。夕刻に間に合えば、姉君が魔王様と新たに契る事はないでしょう。ただし、間に合わなければ、その限りではありません。急ぎましょう」
フリーシャは感情のままに魔物をにらみつける。感情を抑えるように、魔物をにらみつけたまま、ゆっくりと息を吐く。感情のままに力ずくで魔物を抑えつけ、怒りをぶつけたい衝動を抑えながら、憎らしいほどに落ち着いた様子の魔物をにらむ。
もう一度、ゆっくりと息を吐いた。怒りや絶望にとらわれると、好機を失う。自分に有利に物事を動かしたいのなら、冷静に周りを見ることだ。王族の末端にありながら人に踏みつけられて生きてきたフリーシャは、本能的にそれを知っている。
フリーシャは無造作に涙をぬぐい奥歯をかみしめ、唸るようにつぶやく。
「私が行けば、姉様に用はないのね?」
「そう申しました」
静かな魔物の声を聞きながら、まだフリーシャの頭の中は混乱していた。心の中は絶望と自分への嫌悪がひしめいていた。
だが自責の念に駆られて叫びたくなる衝動を抑え込む。それは、今すべきことではなかった。必要なのは、状況の把握だ。
ためらう時間も、絶望する時間もない。何をすればいいのか今すぐに見極めなければならないのだ。
落ち着け。
フリーシャは自らを戒める。
「間に合えば姉様は氷の花嫁になることなく帰る事が出来るのね?」
フリーシャの握りしめた拳が震える。
「御意。私が道案内をさせて頂きます。急げば間に合います。姫の姉君を花嫁に迎えるのは、魔王様も我らとしても不本意。力の限り助力させて頂きます」
「あなたは、私を間に合わせる事が出来るのね?」
もう一度確認をすると、魔物がにこやかにうなずいた。
フリーシャは、深く長く息を吐く。その息が、怯えるように震えた。
姉様。
フリーシャは心の中で姉を呼ぶ。
必ず助けるから。待ってて。
何が先か、何が優先されるべきか、今自分に出来る事は何か、自分はどうしたいのか。
混乱した頭の中で、自分の選ぶ道を考える。
何よりも大切なのは、マーシアだ。
そして今は、この魔物の言葉を信じるか、否か。
フリーシャは覚悟を決めた。道は他にないのならば、迷う余地すらないのならば。
「行くわ」
魔物は、フリーシャににっこりとほほえみかけると、恭しく美しい所作で礼を取った。
「御意」