30 魔物2
魔王の城はまだまだ遠い。真っ直ぐに飛んでも夕刻までにようやく着くぐらいだろう。それなのに。
こんなところで時間を食うわけにはいかない。フリーシャは、己が立てる場を整え竜の背に立った。
すぅっと息を思いっきり吸う。そして。
「私の邪魔をしないで!!」
力を込めたフリーシャの一喝に共鳴するかの如く、一帯の空気が震えた。
フリーシャは、自らの力を込めた威嚇が目の前の人型の魔物には聞かないだろうと言うことはわかっていた。しかし、本能的に、一瞬の足止めぐらいにはなるだろうとふんでいた。そして小物は確実に寄せ付けないだけの力はあると。
予想通り、魔物が声に反応して動きを止める。鳥形の魔物は怯えすらまとい、人型の魔物は攻撃をしようとする動きを止めて、フリーシャを見据えてきた。
フリーシャはそれを受けて、にらみ返す。
どう倒すか。力だけなら恐らくこちらが上。けれど経験値が圧倒的に足りないフリーシャは正面から戦うとなると不利だろう。けれど邪魔をする者は、絶対に許さない。
ところが、人型の魔物はフリーシャが想像だにしない反応をした。
「何故、あなたがここにいるのです」
いかにも不思議そうに、驚いた様子で言う魔物の言葉の意味がつかめず、フリーシャはその表情を探る。
人型の魔物は、驚いた表情をすぐに改めると、その美しい容貌に、この場ににつかわしくない穏やかな笑みを浮かべ、優雅に礼を取った。
「お初にお目にかかりますフリーシャ姫。それにしましても、魔王様の目をかいくぐってここまでこられたのですか?」
魔物の視線と口調には賞賛する響きがあった。
「……何の事? 何故あなたは私の名を知っているの?」
全く意図がつかめず慎重に言葉を返すフリーシャに、魔物はむしろ親しげな笑みを浮かべた。
「この一帯の魔物に、あなたさまを知らぬ者はおりますまい。さすがは、魔王様の花嫁となられた方。貴女ほどの力を目にすれば、知らぬ者でも気付きましょう。されど、婚礼を抜け出すのは、いかがなものかと思われますが? どうぞ城にお戻り下さい。魔王様がお待ちしてります」
そこでようやく、この魔物が、自分をマーシアと勘違いしているのだと気付いた。何故か名前まで間違えて。
そして、最も恐れていた事が起こっているらしい事にも気付いてしまった。
この魔物は言ったのだ。「魔王の花嫁となられた方」と。この魔物の言葉は、既にマーシアが「魔王の花嫁」になっているという前提で話しをしているのではないか。
フリーシャは息をのんだ。
どうして。新月は今夜なのに。婚礼はまだのはずだ。なのに、何故。
フリーシャは意味を理解し、血の気がざっと引くのを感じた。
手も足もがくがくと震えた。
「嘘よ……婚礼は今日でしょう? 何故もう契っているの!」
フリーシャの悲痛な叫びに、魔物もようやくおかしい事に気付いたようだった。
「……あなたは、本当にフリーシャ姫ですか?」
不審げに眉を寄せる。戸惑っているらしい魔物を見て、フリーシャはあざけるように笑い飛ばした。
「私はフリーシャよ。間違いなく本物のね。……ただし、魔王が連れ去ったのはフリーシャではないわね。私の姉のマーシアよ! 許さないわ。絶対に許さない。姉様を氷の花嫁にした報いは絶対に受けてもらうんだから」
フリーシャは魔力を練り上げながら呪文を唱えた。
初めましての方も、いつも読んで下さっている方も、ありがとうございます!
改めて、もう一度書きたいと思います(いろいろ悲しくなっているので)
魔王の花嫁は恋愛物です……。(ものすごい重要。)
魔王の花嫁は恋愛物です(大事なことなので二度言いました!)