29 魔物
白竜は休むことなく飛び続けていた。
そして日が高く昇った頃、ようやく魔王の棲まう山脈の麓上空までたどり着いた。
しかし、魔王の棲まう場所は、ここからいくつもの谷間を抜け、山を越え、最も高いナウジス山頂にたどり着かなければならない。
魔王の城は、遙か遠くに霞む山の上にある。
「あそこに……」
霞む山を見て、フリーシャは言葉を失った。
これらの山を越えていかなければならないのか。なんと遠いのだろう。もし、竜がいなければ、と思うと、フリーシャはぞっとした。
山を越えなければ行けないのは知っていた。もし、馬で直接ここまできていたら、きっと絶望したに違いない。馬をたしなむ程度しか乗ったことがなく、山も知らない自分ではあそこまでたどり着けるはずがなかったから。
真っ直ぐたどり着いても二日では不可能だろう。それ以前に半日も山を歩けば遭難だ。
フリーシャは白竜と、そして彼に会うように仕向けてくれたアトールに心から感謝した。
白竜が谷間を抜けながら進んでゆく。
やはり、白竜の存在が功をなしたのか、二人を攻撃したりちょっかいを出してくる魔物はいなかった。魔物の存在は山全体から感じていた。そして、自分たちが警戒されているような視線も。
どんどんと魔物の気配が強くなる。そして、フリーシャは山の奥深くに進んでゆくほど、不思議な感覚を強めていた。
『……嫌な空気だ』
白竜もまた、何かを感じているようだった。それは自分たちを警戒している魔物たちから受ける物とは、別の空気を指しているだろう。
どんどんと、重いほどにその気配が強くなっている。
それを嫌な空気と評した白竜の言葉に、フリーシャは軽く動揺していた。
そう、確かに、ここの空気は重かった。それは表現しがたい圧迫感だ。これが魔王が棲まう気配なのかもしれない。それとも、それに惹かれ集まった魔物たちの気配のなせる物か。
何にせよ、これは魔王が支配する場であるがゆえの圧力であろう。
だから、「嫌な空気」という白竜の言葉がきっと正しいのだろうとフリーシャは思った。
なのに。フリーシャは戸惑っていた。白竜の言葉に一種の不安のような物を感じた。
フリーシャが感じるのは、心地よさだったのだ。
この圧力が心地よかった。魔王のものとおぼしき気配、魔物の気配。絡みつくような圧迫感さえ、心地よかった。まるで、自分の居場所に帰ったかのような感覚だった。
おそらく、そんな自分の感覚がおかしいのだとフリーシャは思った。
この異常さは、伝えるべきでは……と、フリーシャは意を決して白竜に声をかけた。
「白竜の王子、私……」
『しっかりとつかまっていろ!!』
フリーシャの言葉を遮って突然白竜は叫び、旋回した。
「これから、魔王様のご婚礼だというのに、無粋な侵入者とは」
頭の中に響くような声がした。
フリーシャは白竜にしがみつきながら辺りを確かめる。攻撃してくる鳥形の魔物と、空中に浮かぶ、人型の魔物がいた。