27 目指すは…2
だから、納得がいかないのだ。そんな矮小な存在に、魔王が側に置くほど興味を持つ物か、と。
魔王に対しての認識を、そもそも間違っているのかもしれない。美しいマーシアを愛玩するつもりだとしてもおかしくはない。
ただ、フリーシャはあり得ないように思えた。魔王とは、そんな風に人間に心を許すような存在なのか。
そこまで考えて、フリーシャはため息をつく。
ひどく皮肉なことに思えたのだ。
フリーシャは、己を城から連れ出してくれる人を待っていた。
対してマーシアは、城の中で生き、国の望むままに身を任すことを受け入れていた。
なのに、連れ出されたのはマーシアだった。誰も待っていないマーシアを魔王は連れ去った。
望む者ではなく、望まぬ者を。
「私なら、よかったのにね」
フリーシャは小さくつぶやく。
それならば、私はそれを受け入れたかもしれないのに、と。
ずっと城での束縛から逃れたいと思っていた。
私なら、魔王と共に……。
そこまで考えて、フリーシャは頭を振った。その考えを振り払うように。
私は、ただ城を出たいわけではない。共にいるのは黒騎士でなければ意味がない。
こんな事を考えるのはやめよう。
フリーシャは目を閉じる。
まぶたを閉じればくっきりとその姿が浮かぶ。
私の黒騎士。
存在しているのか、していないのか。それさえ分からないその人。なのに、確信を持って彼は自分を迎えに来るのだと信じられた。そして、その思いはフリーシャの中で日増しに強くなる。
思い浮かべる面影は、最近鮮明さを増してきた。おぼろげな面影でしかなかった黒騎士が、今は目を閉じると鮮やかなほどにその姿をまぶたの裏に描くのだ。
鮮明なその姿は、恐ろしいほどに美しい青年だ。思い描くだけで、圧倒的な存在感でもってフリーシャをこの上ない安心感で包み込む。
信じられぬほどに整った面立ち、闇色の瞳は吸い込まれそうなほど美しく、フリーシャの心をとらえる。思い描くだけでとらわれるのなら、本当に出会えたとき、その瞳を見つめたらどうなるのだろうと思う。
『今は耐えよ』
声が聞こえた気がした。いつか、どこかで聞いたことのある声。
誰かが、私にそう言った。
フリーシャがもう一度その声を思い返すと、まぶたの裏に描くその人の姿と重なった。
ああ、これは、彼の声。
「……黒騎士」
フリーシャは、よみがえるその声を大切に抱くように心の中で繰り返す。
『今は耐えよ』
いつか彼は私にそう言った。
苦しいほどに切なくて、そしてとても幸せな記憶に思えた。
黒騎士の声まで思い出せたのはこれが初めてだった。
彼はいる。
その確証を得たように思え、思い出したその声に、そしてその言葉に幸せを感じた。