24 白竜9
白竜からにじみ出る苦悩に、フリーシャは思わず責めるように口を挟む。
「なぜ?」
アトールがこの白竜のことをとても気にかけているのをフリーシャは感じていた。人に悔やまれる筋合いも、そして白竜が負い目に感じる必要もないと、そう思うと、彼の弱気が腹立たしく思えた。
白竜の王子は、アトールにわがまま言ってるぐらいが、ちょうど良いと、そう思えた。
『アトールは優しすぎるのだ……。私を未だに見捨てられない。癇癪を起こして見せても、身勝手なことを言っても、あやつは未だ私を気にかけている。こんな役立たず、さっさと見捨てたところで、誰も責めまいに……。立場上、国を離れられるような人間ではないのだ。国を離れた事を「後継を育てるためだ」などといっておるが、そんな物は口実にもならない事ぐらい私でもわかる。しかしマージナルとしてはいつ堕ちるかも分からない私のような危険な存在を放置できず、その上、私が王子であるから誰もアトールを連れ戻す事が出来ずにいるが、これではただの国の損失だ。……殺してくれと頼んでも、頷いてはくれなかった………』
あのアトールに対して感情的な姿は、彼の甘えだったのだと知る。もう見捨ててくれというアトールを心配する感情が根底にあったのだと気付く。
アトールがこの白竜を見捨てられない理由が、わかった気がした。
嘆く白竜に、フリーシャは首を横に振った。
「……それは、あなたのお父様も師匠も、あなたに戻ってきて欲しいからではないかしら? それは、損失ではなくて、未来への投資だわ。あなたが王子として戻ってきてその立場を正しく全うすれば、それは損失ではなくなると思うわ」
白竜が、はっとしたようにフリーシャを見た。
『そう……、ならなければならないのだな。……それが、私の責任か』
初めて気付いたかのように、白竜がつぶやいた。
「私は、そう思うわ。……それにしても……話の腰を折って悪いけど、師匠って……何歳なの?」
その言葉に、白竜が笑う。本当に腰を折られた。
『さあな。父上が知る限り、三十年以上、姿が変わっていないらしいからな』
「……それって、師匠、人間……?」
『……一応、人間らしい』
フリーシャはアトールの顔を思い浮かべた。確かに、出会った頃から顔が変わっていないように思えた。どう見ても、二、三十代だが、それに三十を足すとなると、出会った時、少なくとも五十才をとうに過ぎていたのだ。
フリーシャは思った。
五歳の子供相手に五十を過ぎた男が「おにーさん」などと言い張るとは、なんて図々しい、と。
「おじさん」でもいい方だ。そんな年齢なら五歳の子供からすると「おじーさん」でも通用する。
フリーシャはそんな事を考えながら、あきれるを通り越して、しみじみと不思議な人だと思った。知れば知るほど、どういう人物なのか分からなくなる。
『アトールなら、迷惑かけついでに、私が人間に戻った時には、立場を保証するぐらいは、してくれるだろう』
「そうね。師匠が後見人なら、きっと大丈夫ね。師匠、姉様のこと気に入ってるし、もしあなたとの仲がうまくいきそうなら、まず大丈夫だわ。きっと力になってくれるわよね」
とりあえず、気になっていることは全て問題なさそうだ。
これで安心してがんばれる。
フリーシャは天を仰いだ。月の姿は、ほとんど見えない。
明日の夜は新月。
全ては、マーシアを取り返してからなのだ。
「魔王……」
月を睨んで、決意を新たにする。
フリーシャは白龍に促され、背に飛び乗った。白龍はフリーシャを乗せて暗闇が続く空へ向けて飛び立った。