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魔王の花嫁  作者: 真麻一花
本編
2/65

2 旅立ち


 眠りに落ちかけていたフリーシャの意識がふっと醒めた。


 周りが騒がしい。


 遠くで声を荒らげている人の声が飛び交い、城内をせわしなく駆けていく多数の足音が響いてくる。

 フリーシャは目を開けて周りを見渡した。


 外は暗い。


 しかし、あまりにも人の動きが騒がしく響き、ただ事ではないことが寝ぼけた頭でも理解できた。



「姫様、ご無事ですか?」


 作法にうるさい乳母が不作法に扉を開けると駆け寄ってきた。


「何があったの?」

「……ご無事でしたか……」


 乳母はフリーシャには応えず、へなへなと座り込んだ。


「ばあや?」


 彼女らしからぬその様子を不思議に思っていると、乳母は、困ったようにフリーシャを見上げた。

 その表情の悲壮さに、フリーシャは胸騒ぎを覚えた。


「……姫様。心をお確かにして、お聞き下さい」


 乳母は膝をつくと、ベッドに腰をかけているフリーシャの手を握りしめた。


「マーシア様が、さらわれました」

「……え? 姉様が……、さらわれ……?」


 乳母の言葉に、しばらく意味が分からなかった。心臓が早鐘を打ち、頭がクラクラする。

 けれど、ショックを受けている場合ではない。働こうとしない頭でフリーシャは必死に考えた。


「何者の仕業かは分かっているの?」


 言葉にすると、だんだんと頭が動き出す。フリーシャは、マーシアを拐かして有益になる人間を数人思い浮かべた。


 姉様が拐かされて気付かなかったなんて、私としたことがどこで抜かったのかしら。


 彼女はフリーシャと違い大きな権力争いの種になっているのが分かっていた。ゆえにフリーシャはそれに備えて対策を講じていたのだ。なのにそれが全く役に立たなかったことが腑に落ちない。

 フリーシャは、秘密にしてある自分の力の、どこに不手際があったのかと考える。


 考えながら乳母の言葉を待つが、なかなか口を開こうとしないのに気持ちが急いてしまう。

 早く姉様を助けないといけないのに。


「どうなの?」

「それが……」

「まだ、分かってないのね」


 返答につまる乳母の様子に、まずはどこにさらわれたか探す為の手段を考えていると、乳母は躊躇いがちに口を開いた。


「いいえ、そうではなくて……」

「わかっているの?」


 煮え切らない返事を繰り返す乳母の様子に、フリーシャは少し苛立ちはじめていた。

 少しでも早く対策を取らないといけないのに。姉様が殺されてしまうかもしれないのに。

 フリーシャが声を荒げようとした瞬間、乳母が覚悟を決めたように口を開いた。


「それが……魔王の仕業らしいのです」

「……魔王……!?」


 フリーシャの頭は真っ白になった。

 なぜという思い、どうすれば助けられるかという不安、マーシアの身の安全、全てがフリーシャの頭の中を混乱させた。

 想像だにしていない相手だった。そして、フリーシャでは敵うとは思えない相手だった。

 寝起きの頭には、少々荷が勝ちすぎた。

 呆然とするフリーシャに、乳母は痛ましそうな目を向けてくる。

 どうしたら良いか分からないまま、フリーシャは、少しでも情報を…と、乳母の知ってることを聞くことにする。


「なぜ、魔王とわかったの……?」

「国王陛下の元にやってきて、花嫁にもらい受けると、そう言ったそうです。すぐにマーシア様を御護りに行ったそうなのですが、部屋には、もう……」

「……そう」


 姉様……。


 どれだけ怖い思いをしているだろうかと、フリーシャは姉を想う。

 魔王だなんて。

 フリーシャの体が震えた。

 力が及ばない相手だ。


 魔王ならば自分の魔術が反応しなかったのも納得がいく。

 マーシアに何かあれば、すぐに分かるようにと、フリーシャはこっそりと異母姉にに魔術をかけてあった。

 なのに、それは全く反応せず、乳母が来るまでフリーシャは姉の異変に気付けなかった。


 フリーシャは自分が今何をすべきかを考えた。マーシアに何が起こっているのか、自分に何が出来るのか。そして国はどう動くのか。


 考えながら、フリーシャは窓の外を眺める。


 線のような月が浮かんでいた。

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