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魔王の花嫁  作者: 真麻一花
本編
19/65

19 白竜4


『私が、自分の身を危うくしてまでそれに付き合わなければいけない理由がない』


 白竜が馬鹿馬鹿しいといわんばかりに言い放った。その言葉をおとなしく最後まで聞いていたフリーシャは「そう」と小さく頷いて、にっこりと笑った。


「そんな事おっしゃるんですね」


 笑ったその表情が一瞬のうちに嘲るものへと変わる。


「ねえ、白竜の王子? 誰が私の馬を逃がしたと思っているの? 魔物になりかけたあなたのせいではなかった? それとも……魔物になりかけたのではなく、もうほとんどなっているのかしら。……だって、考えることもまともにできていないようですものね。思考能力、落ちているのではなくって?」

『な……っ』


 ふふっと笑うフリーシャの笑顔はどこまでも王子を嘲笑う物だ。


「まあ、そのような姿になるぐらいですもの。考えが浅く愚かなのは間違いないのでしょうね。ねぇ、竜の王子。そのでかくても体に対して小さい脳みそをよく振り絞ってから考えてくださる? あなた、このままここにいたところで、後は竜もどきの魔物に成り下がるだけではなくって? そんなことも理解出来ないなんて、ホント、十年で考えることも計算もできないような動物並みの頭になってしまわれたのかしら? それとも、元からそれほど愚かなの?」

『己は、私を馬鹿にしているのか……!』


 竜が吠えた。辺り一帯が震え、地鳴りがする。竜の苛立ちと怒りが一身にフリーシャに向けられた。

 けれど、フリーシャは冷めた目を細め、気にもせずにコロコロと笑った。


「それ以外に聞こえていたのなら、びっくりですわね。それでなくても、美姫を助けるこのチャンスを自ら捨てるだなんて、紳士の風上にも置けなくってよ。今の姿が、それを成功させる絶好のタイミングなのに。もったいない。この世界で、姉様ぐらい美しい姫はそうそういないのよ? その世界の宝を魔王にくれてやるようなバカ王子でいいと思っているの? だから呪いをかけられるのよ」


『な……っ そこまで私を馬鹿にして、なぜ私がそれに従うと思うのだ……!!』


「あなたには、それしか道がないからよ。お馬鹿さんね。もう一度教えて差し上げますね? その体の割に小さな脳みそをよく振り絞って考えて下さる? 呪いの解き方は、人に心を開き思いやりを持って過ごすこと、そういわれたでしょう。じゃあ人との関わりはどうやって築けばいいと思っているの? 側にいる人を一人でも大切にすることから始まるのではない? こんな誰一人としてやってこない山の中で、誰を大切にするの? 私以外の人間が、あなたのような恐ろしい竜に近付いてくれると思っているの? ねぇ、この十年で誰があなたと関わってくれた?」


 白竜が、ぐっと言葉をなくして震えていた。


「あなたに残された時間で、呪いを解く最後の切り札は私しかいないのではなくって? ……ねぇ、竜の王子、よく考えて下さる? 今、私をないがしろにして、あなたは後悔しないの?」


 フリーシャがこんこんと白竜を追い詰めていく。そして勝ち誇った笑みを浮かべながら、白竜を見た。

 平たく言うと「人が下手に出てやりゃ、つけあがりやがって!」というやつである。


「お返事をいただきたいわ? 白竜の王子?」


 言いたいことを言ってすっきりしたフリーシャはふうっと息を吐くと、可憐ににっこりと笑った。

 一方、白竜の王子は、女の恐さを見たと思った。顔はかわいいのに、ずいぶんとどす黒い笑顔に見えた。


 アトールが、にやにやとしながら白竜の横顔を眺めている。

 フリーシャは反論できるものならしてみろとばかりに裏のありそうな笑顔でにこにこと白竜を見ている。


 いくら白竜の王子が答えを渋ろうとも、彼に残された選択肢があまり多くないのは事実だった。


『意地を張って得することと、損をすることがあります。王子、その体の割に小さな脳みそをしっかりと活用した方がよろしいかと存じます』

『黙れ!』


 また人の気を逆なでるようなことを……とフリーシャは思ったが、「体の割に……」というのはたった今自分が言ったセリフのため、あえて黙っておいた。

 そして、そんなアトールの様子に、フリーシャはほっとしていた。


 アトールは真実フリーシャを助けようとしてくれている。そのことに安心する反面、疑問でもあった。なぜ、そこまでフリーシャのために心を砕くのか。


 話を聞く限り、アトールは、白竜の王子側の人間のはずだ。

 アトールがフリーシャに魔術を教えてくれるのは純粋に好意であろうと思っている。しかし、アトールと白竜の王子の間には明らかな主従関係が存在しているらしい。そして、十年以上共に過ごしたからわかることもある。こんな態度だが、アトールは白竜の王子を大切に思っている。

 なのに、アトールはフリーシャの危険な申し出を王子が受けるように仕向けている。

 いろいろ矛盾を感じた。


 けれど、それは、裏を返せば、アトールは本当にフリーシャがマーシアを取り返しに行くことを心配していないということかもしれないとも思う。

 実際、アトールがどういうつもりなのか、フリーシャには分からない。本当につかみ所のない人が師匠になってくれた物だと思った。けれど、彼の優しさは、信頼に値する。

 だから、ここはやはり乗っかっておこうとフリーシャは判断する。うさんくさいと思うのに、どうしてもアトールを疑う気になれないのだ。

 きっと何とかなる。何とかしてみせる。アトールに迷惑をかけないためにも。


 フリーシャはにっこりと笑顔でもう一押ししてみる。


「王子、もし、受けて下さらないようでしたら……そのせいで、姉様を助け出すことに失敗したら、絶対に許しませんから。私も一発、更に強力な呪いを授けて差し上げます。よろしいですね」


 気合いの入った脅しをかけ、その言葉と共に隠していた強大な魔力を一瞬解放した。脅しの言葉を実現させるだけの力があることを示したのだ。白竜の王子はそれを感じ取ったのか、少しひるんだ様子を見せた。


「返答は、如何に?」


 フリーシャが可憐ににっこりと、恐ろしい笑顔で迫る。

 もちろん、アトールが大切にしている白竜の王子にそんな事をするつもりは毛頭ないのだが、そんな事はおくびにも出さない。この程度の脅しでその気になってくれるのなら、せいぜい本気らしく振る舞ってみせる。


 白竜はフリーシャのまなざしをうけてうなるようにつぶやいた。


『……分かった。力になろう』


 不機嫌ながらも望む返事を得て、フリーシャはほっとした。


 これでようやく、魔王のもとにたどり着くめどがたった。


「……ありがとう」


 心からの謝意を込めた笑顔がフリーシャからこぼれると、白竜の険悪そうな雰囲気が少し和らいだ。


『話がまとまったところで、私も、この状態を維持するのは少々疲れましたので、おいとまいたします。王子、呪いが解けるのを、心待ちしております。……フリーシャ。おまえが間に合うことさえ出来ればマーシア様は大丈夫だ。おまえなら、全てを丸く収めることが出来るはずだ』


 アトールの幻影が消えた。




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