16 白竜
馬が突然嘶いた。
フリーシャははっと目を覚ます。
しまった、眠っていた。
フリーシャは飛び起きて、何があったのかと、馬の姿を探す。直後。
「……!」
体が無意識のうちにこわばった。
竜……!
フリーシャの目の前に馬の首を咥えた竜がそこにいた。
純白の竜だった。赤い目がらんらんと光っている。
本当にいるだなんて……!
フリーシャは身構えてその瞳を正面から見据えた。
大きい。そして、その存在感が、この竜の強大さを知らしめる。体の大きさだけではない。竜とはそれだけで人間には及ばぬ力を持つ。
フリーシャの力は強い。しかし、フリーシャはアトール以外に力を向けたことがない。せいぜい近場の害獣を退治したことがある程度だ。自分の力がどれだけ通用するのかさえわからない。
ただ、侮ることができないほど強いと言うことだけがわかる。
フリーシャの見つめる先で、白竜は暴れる馬を物ともせず馬の体を咥え上げる。
捕食しているのだと、ようやく気付く。
白龍は、フリーシャに敵対している気すらないのだ。意識すらされていない。
馬の嘶きを聞きながらフリーシャは腹の底からふつふつとわき上がる感情をおぼえていた。
「人の物を奪っておきながら、私を完全無視とは、ずいぶんとふてぶてしい態度じゃない……。竜ごときの分際で……」
ふふっ、と、フリーシャから笑いがこぼれた。
驚きだとか、畏怖だとか、そんな感情が消えて行く。なんてことをしてくれるのだと。
フリーシャの中に、ここに来るまでのいろんな怒りが込み上げてきていた。
ひとしきり笑うと、フリーシャは小さく悪態をつきながら白龍を睨みつけた。
「私の馬に食らいつくとはどういうつもりよ! その子は、私を山のてっぺんまで連れて行ってくれなきゃいけない大切な子なのよ! それを……それを……」
フリーシャは、心の底から怒っていた。怒りが煮えたぎっていた。
こんな事に時間を食っている暇はないのに。少し休むだけのつもりだったのに眠ってしまった。
挙げ句の果てに大切な馬が食べられようとしている。
腹立たしい! 腹立たしい! 自分が情けない!
叫びたい気分だった。だが、残念ながらこういうときに感情のままに叫ぶことが出来るような環境で育っていないため、無意識に張り上げそうな声を押さえ込む。
代わりに握りしめた拳がぶるぶると震えた。
何もかもに腹を立てていた。今の状況全てが許しがたかった。
マーシアをさらっていった魔王も、役に立たない師匠も、フリーシャを迎えに来てくれない黒騎士にも、全てが腹立たしかった。
こんな時に、私を守ってくれるのが、私の騎士でしょう!! さっさと迎えに来てよ、黒騎士のバカ!!
寝起きのフリーシャの機嫌は壮絶なほどに悪くなっていた。疲れていると寝起きの悪さにも拍車がかかるという物。
そして、今一番許せないのが、目の前の白竜だ。
フリーシャは全ての怒りを込めて、衝撃波をたたきつけた。フリーシャの怒りの魔力に反応して磁場が生まれて雷となって竜の体に直撃する。
その突然の衝撃で、白龍は馬を放した。
すると幸いにも感電しなかったらしい馬は、自由になった体でパニックを起こし、森の奥へと走り去ってしまった。
馬が、去って行く……。
フリーシャはその走りゆく後ろ姿を呆然と眺める。我に返ると泣きたくなった。
「ああぁぁぁぁぁぁ! ナニ放してんのよ、このバカ竜がぁぁ!」
フリーシャからとうとうこらえきれない叫び声が上がった。
そして感情のままに飛び上がると、感電した憐れな竜に、持ちうる限り全ての力を込めてその頭を素手で殴った。
ドゴンと、鈍い音がした。
魔力で増幅された怒りの鉄拳を受け、竜の体が地面に沈んだ。ずしんと地響きがして、木々がざわざわと揺れた。
白竜、ノックアウト。
……え? 弱すぎじゃない……?