15 出発3
フリーシャは息を吐く。
私の力ではどんなに無理をしても間に合うようにたどり着けない。体力的にも、距離も。だから今無理をして先を進めることに意味はない。師匠の言葉を信じるより他、手段はない。
そう自分に言い聞かせる。
湖で休めと言ったアトールの言葉が、休む自分を許してくれた。
後は、アトールの言う協力者に出会えることを願うばかりだ。
一休みして、それからあたりを探してみよう。
フリーシャは腰を下ろして、湖の辺りを見渡す。
この辺りで協力者に出会えるかもしれないとアトールは言った。
しかし、この辺りは完全に森の中で、人が住むようなところではなかった。とても協力者が現れるとは思えないような場所だ。
更に森に入る時は、この森には竜が出るから入らない方がいいと止められたぐらいだ。
ずいぶんと面倒な場所を推薦してくれたものだ。フリーシャはアトールのへらへらした顔を思い出して悪態をつく。こんな人の寄りつかないところに、協力者が本当に現れるのか。
しんとした森の中で耳を澄まし、協力者はあきらめるしかないかもしれないとため息をつく。
無駄足になったかもしれないと不安が込み上げてきた。ずいぶんな遠回りだ。フリーシャは泣きたくなった。これでは絶対に明日の夕刻までに間に合わない。
真っ直ぐ向かったとしても間に合わなかった。わかっている。でも、全然間に合わないよりかは、希望があったのではないか。
今更、考えてもしようのない感情がわき上がる。
疲れは、感情を悪い方へと引きずり込もうとする。
こみ上げる焦りを、フリーシャは考えないように押さえ込む。
ダメ。ここで休めと師匠は言ったんだから。ここにきっと何かあるはずだから。
来た早々にあきらめてしまっては、確実に無駄足になる。
落ち着かないと。もう信じるしかないのだから。不安に飲み込まれたら見誤る。
そう自分に言い聞かせると、ぎりっと奥歯を噛み締め、そして大きく息を吸う。そしてゆっくりと息を吐き、焦りにとらわれそうになる自分を落ち着ける。
待ちぼうけになるか、出会えるか。ともかくアトールを信じ、フリーシャは腰を据えてひとまず休むことにした。
フリーシャは木の根に腰を下ろし、ゆっくりと息を吐いて静かな水面を眺める。
時折風が吹いて柔らかに波が立つがすぐに鏡のような水面へと戻る。
きれいな場所だった。日が落ちかけ、木々で切り取られた空が水面に映り込んでいる。
薄暗いうっそうとした木々も、湖に映された姿を見ると、心地よさそうに見える。
ああ、こういう場所なら、竜もいるのかもしれないわ……。
少し眠気を覚えながらフリーシャは思った。
竜などと言う、格の高い霊獣がどうしてこんな人里の近いところに住み着いているのか不思議だったが、ここになら、いてもおかしくないように思えた。
どうせなら、もっと楽しいことを考えよう。そう、たとえば。
フリーシャは、まぶたの向こうに黒騎士を思い浮かべる。
眠っちゃダメ。でも、ほんの少しだけ。
すぐに、目を開けないと、眠っちゃいそう。
ふわふわとする意識の中で、彼の姿だけが鮮明だ。
黒騎士に、こんな場所で、キスで起こしてもらえたらいいのにな。
彼を思うと焦りをほんの少しだけ忘れられた。
こんな状況にもかかわらずそんな事を考える自分の乙女心にくすりと笑いながら、フリーシャの意識は遠のいていった。