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魔王の花嫁  作者: 真麻一花
本編
12/65

12 師匠8


 けれど、無理だろうが何だろうが、フリーシャには「行かない」という選択肢はなかった。マーシアを助けに行くのは揺るぐことのない決定事項だ。それでなくても時間がないのだから、迷う暇などない。


「わかりました。とりあえず湖に行って、一休みしたら魔王のもとに向かいます」


 棒読みしたフリーシャに、アトールが苦笑いを浮かべる。


「信用してないな」

「してもらえると思っているんですか……?」

「いや」


 ため息混じりにつぶやいたフリーシャの頭を、アトールが笑いながらなでた。


 撫でられて安心してしまう自分が腹立たしい。

 フリーシャは、むっつりと黙り込んで足下を見た。


 こんなにうさんくさいことを言われても、それでも、きっとアトールの言うことなら間違いないだろうと思ってしまう。

 刷り込まれすぎだ、とフリーシャは思う。

 それでも、本当にフリーシャにとって危険ならば止めるだろうと信じていた。アトールも、そんなフリーシャを分かっているのだろう。


 悩んでも仕方がない。毒を食らわば、皿まで。

 フリーシャは覚悟を決めて彼を見上げた。


「師匠、行ってきます」


 アトールが目を細めて彼女を見つめ返す。

 結局、そんなアトールの表情やまなざしにフリーシャは励まされる。


「ああ、気をつけて行けよ。マーシア様をお助けしてこい。おまえならできる」

「はい」


 家を出て馬にまたがると、フリーシャは見送りに出てきてくれたアトールを見た。彼がふと思い出したようにフリーシャに向かって何かを投げた。

 それはカチャリと音を立てて、フリーシャの手に収まる。


「御守りだ。湖で役に立つ」


 アトールがいつも身につけていたペンダントだった。フリーシャはぎゅっと握りしめ、そしてうれしくてアトールに笑顔を向けた。アトールが微笑んでそれを見つめる。


 フリーシャはそれを首にかけると、彼に大きく手を振って馬を走らせた。







「私を敵にまわすか」


 見送ったアトールの背に、どこかおもしろがっているような声がかかる。

 誰もいないはずの家の中には黒い人影があった。影しか見えぬと言うのに、気味が悪いほど美しく、なのにひどく禍々しく見える。


「まさか」


 アトールは振り返りもせずに笑って答える。視線の先にはもうフリーシャの姿はない。


「むしろ……手を貸したのさ。あんたは、俺に感謝する」


 アトールが不敵に笑った。


「……魔王」


 影がくつりと笑った。


「ありえぬ」

「どうかな」


 向けられた嘲笑にアトールは軽口で応えると、フリーシャの進んだ先から目をそらし、家の中に目を向けた。

 もう、そこに影はない。


「のぞき見とは、趣味の悪い奴だ」


 どうせなら、もっと早くのぞいとけばいいのになぁ。

 誰もいない家の中に入ると、どこか楽しげにアトールはベッドに転がる。

 だが、こちらには都合が良い。いろいろと限界が来ていた。フリーシャには悪いが、俺にも事情がある。ついでにちょっとだけ働いてもらおうか。


 フリーシャ、君の幸運を祈っているよ。


 アトールは心の中でつぶやく。

 目を閉じたその顔は、どこまでも楽しそうだった。




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