11 師匠7
「魔物退治しながらでは明後日の日没には間に合いません。どう行けば間に合わせられますか?」
地図を見ながら、状況を確認するが、かなり絶望的なことだけはわかる。直線距離ですら、普通に馬を使いずっと全力で走らせることができたとしても、確実に間に合わない。けれど、フリーシャがある程度強化なり、補助をすれば、もしかしたらなんとかなる余地はあるだろうか。
険しい表情で考え込むフリーシャの脇で、アトールはのんきな表情で魔王の住まう山とは全然別の位置をトントン、と指した。
「俺のお薦めは、とりあえず、この湖に行くことだ。その辺りで一度一休みだ」
「けっこう遠回りですよ?」
「うまいこと行けば、俺より強力な助けが得られるかもしれない」
自信満々に言うアトールに、フリーシャは不安げな顔で問いかける。
「……うまいこと行かなかったら……?」
「あきらめて魔王のもとへ向かえ」
「師匠、全く助言になってないです、その答え」
それじゃ、そもそも間に合わない。
フリーシャは絶望した。
この人を頼った自分が間違いなのかと、己さえも呪いたくなるほどに。ここで時間の無駄をするより、さっさと向かった方がよかったのでは……? そんな考えしか浮かばない。
本気で苛立ちはじめたフリーシャを見て、アトールが困ったように頭を掻いた。
「俺も辛いんだよ。あんまり助けちゃうと魔王が怖いし、かといってマーシア様のことは心配だし、何とか力になりたいんだが……」
「師匠、ついでに私のことも、もっと心配して下さい」
あまりにも扱いが雑すぎる。
フリーシャは泣きたい気分でつぶやいた。なのに、アトールは笑って言うのだ。
「おまえは、大丈夫だって」
「相手は魔王なのに?」
「何とかなる。何とかならなかったら、マーシア様を連れて逃げることだ」
「言われなくてもそうします……」
使えない、使えないわ、師匠!
こういう人なのは、十分に知っていた。けれど、これでも本当にすごい人なのだ。彼の予想はいつだって外れたことがない。彼が大丈夫というのなら大丈夫なのだろうと、本心では思っている。でなければ苛立ちながらもこんな軽口なんか叩いていない。アトールが軽口を叩いているから、フリーシャは今もまだ落ち着いていられるのだ。
とはいえ、フリーシャは彼のあまりにも軽すぎる言動に、大いに不安を覚えた。
「何とかならなかったら、姉様を連れて逃げることが可能な相手って事ですね?」
一応、念を押してみた。
「いや、無理だろう」
「は?」
愕然とした。こんなに勝因の薄いことをあっさりとすすめるアトールの真意がつかめない。
アトールの言葉を総合して考えると「どうにもならない、まず無理」としか受けとれない。彼がどういうつもりかをフリーシャははかりかねた。
フリーシャは、アトールのことは心から信頼している。少し前に売り切れていた信頼だが、うっかり新しく入荷してしまっていた。それだけに、本当に困ってしまった。
「……師匠、私も、出来れば生きて帰ってきたいのですが……」
今度は、泣きを入れてのアプローチに変えてみると、アトールが困ったようにつぶやいた。
「信用できるような言い方は出来ないから、信用するしないはおまえの自由だが、とにかく、おまえは魔王を前にしても大丈夫だと俺は確信している。問題はマーシア様のことだ。氷の花嫁になる前におまえが間に合うかどうかなんだ。後は、きっと、どうにかなる」
何という根拠のなさ。
なんで私の師匠は、こんなに言葉が軽いのかしら……。
どうにかなるって、魔王相手に一体何をどうしたらどうにかなるというのか。
無理。どう考えても無理。
フリーシャはもう、笑うしかなかった。