1 プロローグ
陰謀も思惑も交差しない、壮大でもなければ緻密でもない、魔法出てきてもゆるゆる、内容もスタンスもとても軽いファンタジー。
恋愛物のつもりが、妄想以外いっこうに恋愛要素が出てこなくて、作者涙目の恋愛ファンタジー。でも恋愛。誰がなんと言おうと恋愛。
待っているわ。私の黒騎士……。
フリーシャはベッドに潜り込み、まぶたの裏に彼を思い描く。
異母姉のマーシアは話を聞くと笑うけれど。フリーシャは信じていた。いつか必ず、私の黒騎士が迎えに来る、と。
なぜと問われると自分でもよく分からなかった。
ただ、フリーシャには根拠のない確信があるのだ。
まぶたを閉じれば、彼の姿が浮かぶ。
私が大人になる頃、必ず、彼が迎えに来てくれる。きっと、ここから連れ出してくれる。
それは、マーシアだけに教えた、小さな秘密だ。
グライデル王国はあまり豊かな国ではない。
周りは山に囲まれ、特に北のナウジス山には魔王が棲まい、一帯が魔物の巣窟となり、北からの人の往来を妨げている。
この国の国王の妾腹としてフリーシャは生まれた。
姉のマーシアは正妃の娘で、年の近い異母妹であるフリーシャを実の妹よりかわいがっていた。仲良くなったきっかけは、きっと子どもなりの些細な理由だった。けれど、その些細な好意が、今となってはかけがえのない愛情として二人の間にある。
大人たちの思惑が交差する城内は、恐ろしく信用できる物はほんのわずかしかない。そんなフリーシャにとって姉のマーシアは、誰よりも信頼している大切な人だ。
その彼女との小さな内緒話、夢の中の黒騎士。
「本当に迎えに来てくれると良いわね」
彼の事を話して聞かせると、マーシアはいつも最後にはそう微笑んでくれる。
けれど、少し困った表情で。
妾腹のフリーシャにとって、この城の中は生きにくいことを、彼女は知っている。だからこの城から逃れたいフリーシャの想いを否定はしない。
フリーシャは妾腹の子ということに加えて、母親の身分も低く既に亡くなっており、後ろ盾がないのだ。城内にはまともに居場所すらないような状態だった。
姉のマーシアが守っていると言っても過言ではない。将来は捨て駒のように、適当に使える貴族か王族のもとに嫁がされるのだろうと、フリーシャ自身もわかっていた。
マーシアの困った表情は心配しているのだろう。現実に直面した時、夢見る異母妹の心が傷つくのではないかと。
未来が決まっている点では、マーシアとて同じである。しかし使い道という事を考えると、マーシアは正妃の第一王女でもあるし、フリーシャよりは環境の良い嫁ぎ先が望める。何より、マーシアの美貌は他の国々からもその美しさを謳われるほどで、グライデル王国において、最も良い嫁ぎ先が望める姫でもあった。
だからマーシアはフリーシャに対して負い目があるのだろう。
姉様が、そんな事気にする必要ないのに。大変なのは、私よりも姉様の方だ。
マーシアはいつもフリーシャのことを心配しているが、この国の未来を託される嫁ぎ先に彼女が行くであろう事を考えると、むしろ、フリーシャの方がマシなのではないかと思っている。
小国内の愚かな利権争いに、大人たちは躍起になっている。子供達はたとえ王女であろうとも所詮その道具に過ぎない。
現実を見れば確かに、夢見がちなことを言うフリーシャをマーシアが心配する気持ちは分かる。けれど、フリーシャは、彼が迎えに来ることをあきらめることが出来ずにいた。そして諦める気もなかった。
私の黒騎士。
まぶたを閉じれば逢えるその人。
フリーシャはその面影を思い浮かべ、心に抱きしめるように眠りについた。