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永久の契約  作者: 由乃
8/15

8_新しい世界で(3)

「はぁぁぁぁー‥‥」


深いため息が無意識に出た。


もうすっかり日が沈んで、わたしが知るお月様より何倍も大きいこっちの月が顔を出した頃。


約束通り半日かけてわたしにこっちの常識を教えてくれてたルールシエルは、ただ今入浴中だ。


豪華な夕食を2人で食べて、先にお湯をもらったわたしはリラックスタイム。


のはずだけど‥


色々と新しい単語を聞かされて頭がパンク寸前でどうしようもない。


リラックスするどころか、聞いた単語を整理するのに必死だ。


とりあえず絶対に知りたいことを聞けたわたしはそれだけで満足だったんだけど。


親切なルールシエルは時間が許す限り永遠とこっちの事情を話してくれた。


途中で集中が切れたわたしが適当に返事してるのに気づきながらも、丁寧に説明してくれるルールシエルは中学の数学教師を思い出させた。


黒板に細かく式を書いていっては、何回もゆっくりと公式を解説してくれたものだ。


ルールシエルは教師なんかも向いてるだろうなーなんて思ってたわたしは、すでに現実逃避真っ最中だったんだと思う。


昼間絶妙なタイミングで現れたダネルさんと飛び回る紙っぺらにも、大して驚かなかったわたしを自画自賛したものだけど。


それは実は驚かなかったんじゃなくて、驚けなかったんだと、今さら気づいた。


自分で思ってたほどわたしは図太くできてなかったんだ。


人って驚きが大きすぎると反応できなくなるものなんだと新たな事実を発見。


そんな中で理解したのは、こっちでのわたしの立場と、あっちの世界の様子、それからルールシエルの大まかな生い立ちくらい。


わたしはこの城で、ルールシエルの‘契約者’として扱われるそうだ。


魔導師は大きく分けて、攻撃魔法が得意な黒の魔導師と、防御魔法が得意な白の魔導師が存在する。


実力がある上層部の魔導師は攻撃魔法も防御魔法も使いこなせるそうだけど、やっぱり向き不向きがあって、根本的にはどちらかに偏ってしまってるらしい。


だからそれを補うために、自分とは対極の能力をもつ魔導師か、それと同等の力をもつ人を探して契約を交わすそうだ。


上級の魔導師ともなると、国の重要機関に携わることになるみたいで、己の魔力の維持と安定のためには契約者が必要不可欠になるらしい。


契約するには、2人の相性も関係してくるらしく、面倒な話だと思う。


ルールシエルが言うには、わたしと彼の魔力の質は相性が良いらしい。


他国との権力争いはもちろん、国内でもいろんな派閥があって、一度上層部に入ってしまうとなかなか平和に過ごせなくなると言っていた。


契約しているのとしていないのだと大差があるらしいけど、わたしにはよくわからない。


契約を交わすには膨大な術式と契約を受ける側の生き血が必要になってくるそうで。


2つの要素が揃って初めて契約成立に至るというわけだ。


夢と現実をさ迷ってたわたしに噛み付いてきたルールシエルの意図がやっとわかった。


最初から説明してくれればよかったのに‥と言いそうになったけど、よく考えたらあの状態でこんな話しされても、素直に受け入れられるわけなかっただろうなと思い直した。


ちなみにルールシエルは黒の魔術に長けてると言ってたから、わたしには白の魔術なる能力があるみたいなんだけど。


全然そんなの感じないし、言われたところで自覚もできない。


と言うのも、魔術の元になる魔力は潜在的な能力で、だいたい16歳を過ぎたくらいに開花するらしいから。


今はほんの少し滲み出る程度の魔力しか放出してないそうで。


まだわたしの力は眠ったままなのだとルールシエルは言っていた。


ならどうしてこの時期に連れて来たんだろう?


そんな疑問も浮かんできた。


たぶんそれには深い訳があるんだろうけど、ルールシエルは言葉を濁してはっきりとは言ってくれなかった。


次にあっちの世界の様子だけど。


どうやらわたしは存在自体が忘れられてしまったみたいだ。


正確に言うと、わたしがいなくなって騒ぎにならないように、ルールシエルが魔法で記憶を操作したらしい。


ママや由利恵や、ホームのみんなの記憶を。


突然姿をくらまして心配かけるのは嫌だけど、存在を忘れられるのも嫌だ。


でも実際、わたしの生きる世界はすごく狭いものだった。


わたし1人が世界から消えたとしても、困る人なんていないだろうと思うと、ちょっとだけ虚しい。


わたしの帰る場所はあそこしかなかったのに‥


そうは言っても後の祭りで、もうどうにもならない。


あっちとこっちの世界を繋ぐ空間魔法は発動させるのに相当時間がかかるらしく。


特に人を通過させるのは至難の技で、ルールシエルは1年かけて準備した末、今回の魔法を成功させたと言っていた。


だから帰れるとしても、1年後。


その間わたしはこっちで生活しなくてはいけない。


ため息以外に反応しようがなかった。


こっちの言葉が解るのは、ルールシエルの魔法のおかげみたい。


文字は書けないけどなんとかなりそうだし。


胸にぽっかり穴が開いたような喪失感は簡単には消せないけど、1年待てばまたあっちの世界に帰してくれるってルールシエルと約束した。


その時にはみんなの記憶を戻すとも約束してくれた。


だから今はルールシエルの‘契約者’として、彼の力になれるように努力しようと思う。


平凡で、特に取り柄のないわたしを、本当に必要としてくれてるようだから‥‥



パタンとバスルームのドアが閉まる音が聞こえて、ルールシエルがお風呂から上がってくるのがわかった。


わたしは座っていたベッドから立ち上がって、大きな月が見える場所にあるソファーに移動する。


少し開いた窓から入り込む夜風が心地好い。


大きな月が世界で独りぼっちなわたしを見守ってくれてるみたいに感じた。


「神無、寒くない?」


少しだけソファーを軋ませて隣に座ったルールシエルは、白いバスローブを着ている。


やけにバスローブが似合う彼だ。


濡れたままの髪は無造作に束ねられていた。


「寒くないよ。ルルこそ、ちゃんと髪乾かさなくちゃ‥」


「自然に乾くよ」


美少女に見紛うルールシエルだけど、髪の毛を労らないとかその辺はやっぱり男の子みたい。


みたい、というか正真正銘男の子なんだけどね。


5年も経てば超絶美男子になるにちがいない。


「神無、今何を考えてる‥?」


顔を覗き込むようにしてじっと見つめてくるルールシエルは、なんだか心細げな瞳をしていた。


「ルルが大人になったら超絶美男子になるだろうなって」


「‥‥それだけ?」


「うん」


まさか、あっちの世界のと似てる月を見て安心してた、なんて恥ずかしいこと言えない。


わたしはルールシエルから視線を逸らし、また月を見上げた。


「大きい月だね‥あっちの世界より何倍も大っ‥」


しゃべりかけたわたしの唇か、ルールシエルの唇で塞がれた。


突然過ぎて固まるわたしが反応する前に、強い力で抱きしめられる。


「っ、もーっルル!!」


即座に非難の声を上げると、ルールシエルはわたしを落ち着かせるように優しく頭を撫でてきた。


今日はよく撫で回される‥


頭ナデナデされたからって機嫌が良くなるような年齢じゃないのにっ‥!


「あ、あのさ、ルル。こうゆうスキンシップってこっちの文化なのかもしれないけど‥。あんまり、キス、とかしないでほしいんだよね、」


密着したまま抗議するわたしの髪を梳いていたルールシエルの手がピタリと止まった。


ちゃんと文化の違いは理解し合わないとね!


わたしはこんなにキスされる文化で育ってきてないし‥っ


「僕は‥言葉で感情を表すのが苦手なんだ。だからこうして‥‥態度で示してるんだよ?」


「た、態度でって‥?」


「強く抱きしめて、キスをして、僕にとって君がどれほど大切なのか‥伝えてるつもりだけど、」


わかるかな?と耳元で囁かれて背筋がゾクッとした。


トーンを下げたルールシエルの声は直接脳に響くようで、心臓にも悪い。


「わかった、わかったから!ちょっと離れてもらえる?!」


恥ずかしい台詞もルールシエルの口からなら違和感なくスラスラと紡がれる。


笑い飛ばしたくても笑うことすらできない。


「‥本当にわかってる?」


「わ、わかってるよ?」


「じゃあ僕が神無に触れることは許されるよね?‥わかってるなら」


「え?‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うん‥」


完全に嵌められたと気づいた時にはすでに遅し。


うまくルールシエルに丸め込まれてしまった‥


目尻を下げて見つめてくるルールシエルの笑顔が、すごく黒く見えたのは錯覚だったと思いたい。


「神無が望むなら僕はなんでも出来るよ。僕のすべては神無のもの。だから‥‥‥‥‥‥ね?」


「え?ごめん、なに‥?」


「‥ううん?‥‥寂しくなったらいつでも言うんだよ?僕は隣の部屋にいるから」


最後の方が聞き取れなくて聞き返したけど、ルールシエルは答えてくれなかった。


その代わりにか、わたしの額に小さな口付けを落とす。


「先にお休み、神無。明日から神無に専属の侍女を付けるから、そのつもりでいて」


「え?う、うん‥。おやすみ‥」


さっきから、え?とかうん、とかそんな返事しかできてない。


ルールシエルにとってボディータッチは会話と同じってことなんだろうか?


それじゃあ他の人とも、こんな風に触れ合ってるの‥?


満足そうな笑みを残して部屋を出て行こうとする、ルールシエルの背中を眺めつつ思った。


「まあ‥ルルは13歳で子供だし‥別に問題ない、のかな?」


わたしはチクリと針で刺されたような痛みを胸に感じたけど、気付かないふりをして再び淡い光を放つ巨大な月を見上げた。

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