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永久の契約  作者: 由乃
7/15

7_新しい世界で(2)

「やあやあ、我等が麗しき団長殿!有給休暇いかがお過ごしかな?」


バサバサと洋紙が散らばる室内に無遠慮に入ってきた男の登場に、ルールシエルはあからさまに不機嫌そうな顔をした。


さっきまでの感情の篭らない表情よりはまだ良いけど、悪い状況には変わりない。


第三者の訪問に溜息をつきたい気持ちをぐっと我慢した。


「ダネル、なんの用?僕の休暇はあと4日あるはずだけど」


ルールシエルは振り向きもせず答える。


「いやぁ予想外に仕事が多くてさ、私一人じゃ捌けなくてね?手伝ってもらおうと思って持ってきたんだよ、仕事!さあさあ一緒にやろうじゃないか!」


場の空気を読めない男の人の明るい口調に、ピクリと反応したルールシエルはふっと短い溜息を吐いた。


そうっと壊れ物を扱うような手つきでわたしの頬を優しく撫でる。


「この話は保留だね。また今度、ゆっくり時間が取れるときに2人だけでしよう」


いいえもうこの話は結構です、とはさすがに言う勇気が持てなかったわたしは無言のまま頷いた。


わたしを見つめていたルールシエルの目元が、ふわりと緩んだのがわかってほっと肩の力が抜けた。


「おやー?おやおやおやおやっ!?」


散らかした洋紙をいそいそと集めていた男の人の注意がわたしたちに向いたようだ。


わたしを背に隠すようにして男の人に振り返ったルールシエルは、冷たい口調で言い放つ。


「仕事は手伝う。部屋からは出ていってくれ」


「いやー珍しいこともあるもんだね!仕事が恋人の冷徹王子様が有給とってまで部屋に引きこもってなにをしてるのかと思えば‥っ」


一息にしゃべった男の人はルールシエルの言葉を聞くどころか、床に散らばる紙をクシャリと踏み付けながらこちらにやってきたようだ。


残念ながら、ルールシエルの背中とベッドの天蓋が邪魔して、男の人の顔は見えない。


「ルル、王子様とか言われてるの?仕事が恋人‥?」


「‥‥‥。ダネル」


「水臭いじゃないか!私と君の仲だろう?意中の人がいるなら教えてくれても良いじゃないかっ」


明るい調子で興味に満ちた声を発する男の人が気になって、ひょこっとルールシエルの肩から覗いてみた。


長い脚がチラリと見える。


「ダネル、それ以上近づかなくて良いから」


「そんなつれないこと言ってないで!君も隅に置けないなぁ!紹介してよっ」


「‥お前だけには紹介したくない」


「なんでさー?!」


「お前の目に曝したら彼女が汚れる」


「え?そこまで言う?そこまで言っちゃう?!」


「言われるようなことをしてきただろ?」


「いやいやいやっ!君に言われたくないよっ」


仲良しなのか、そうじゃないのか。


言い合いを始めた2人から目を離したわたしは、今だに宙を舞う薄っぺらい洋紙を眺めた。


なんで浮かんでるんだろう?


「ルル、紙が浮いてるよ?なんで?」


「あ?ああ。邪魔だね」


ルールシエルの袖を引っ張って聞いてみる。


「今片付けさせるから」


空いてるほうの手を上げて風を切るようにヒュンと振り下ろす。


すると同時にふわふわと浮かんでた洋紙が一斉に床に落ちた。


「わっ!?」


「おお、さすが!私移動魔法は苦手なんだよー。風が言うこと聞いてくれなくてさっ」


「なら使うな。部屋が散らかる。使うなら習得してからにしてくれ。‥さっさと拾って」


これが魔法ってやつなのか。


確かに入ってきたときも尋常じゃない勢いだったもんね。


ドアが破れるかと思ったくらい。


「‥あの、はじめまして‥こんにちは?」


ルールシエルの背中に隠れて黙ったままでいるのも窮屈だったので、一応当たり障りのない挨拶をしてみる。


相手の顔が見えない状態での挨拶は無意味に思えたけど、仕方ない。


「おおっ!私に話かけてくれてるんだね?!ルールシエル君、どいてくれないかな?私もレディに挨拶がしたいよ!」


ルールシエルは上機嫌な男の人に向かって盛大な溜息をついた。


すっと横に避けてわたしの隣に並ぶ。


肩に腕を回す理由はあえて聞かない。


少し離れたところに立っていたのは、ルールシエルまでとは言えないながらも、端麗な顔立ちをした青年だった。


顎のラインで切り揃えられた艶やかな黒髪に好奇心を隠さない茶色い瞳。


かっちりと着こなした黒い団服は細身な身体にフィットしていてよく似合っている。


能天気そうな話し方と不釣り合いなその容姿にわたしは目をしばたかせた。


「挨拶はそこから一歩も動かないでしてくれ。これ以上近づかれて彼女に変な病気が移ったら困る」


「病気って‥ルル‥それはちょっとひどい言い方だと思うよ?」


「なんと可愛らしいレディだ!私を庇ってくれるんだねっ」


律儀にもその人はその場から動かずわたしに向かって話し掛ける。


「はじめまして、私の名はダネル・ルクス。王家直属魔導師団の副団長を務めているよ。よろしくね、可憐なレディ」


自分の左胸に手を当てて腰を折る姿は様になっていて、思わず感嘆の溜息が漏れた。


ルールシエルと同じようにストレートな黒髪が、はらりと一束顔にかかるのを掻き上げる仕種は大人の色気を醸し出している。


「レディ、貴女のお名前を伺っても?」


「え?あ、はい!わたしは神無っ!‥ていいますっ」


うっかり見惚れてて。


声が裏返ってしまったのが恥ずかしくて視線を逸らせると、男の人にクツクツと笑われてしまった。


「カンナちゃん、ね。よろしく。私のことはダネルと呼んでくれると嬉しいなっ」


語尾に星マークが付きそうな話し方はちょっと残念だけど、副団長を任されてるあたりから悪い人ではないんだと思った。


挨拶が終わってもじいっとダネルさんを観察してると、ぐいっと肩を引かれて身体がよろめいた。


「神無」


「わわわっなにっ?」


「ほーう!これはこれは‥」


「っ、もう、どうしたの?」


ルールシエルの腕の中に閉じ込められたわたしが抗議の声を上げると、ダネルさんが感心したよう頷いた。


「あんまり他の男を見つめちゃ駄目だよ。僕が耐えられないから」


「た、耐えられないって‥」


至近距離でウルウルな瞳を見せられてたじろぐわたしに、興味津々といった視線を送ってくるダネルさん。


「見たところ既に契約も交わしてるようだし、そんな神経質になる必要ないんじゃないかなぁ〜?」


その言葉に引っ掛かりを覚えて、ん?と首を傾げる。


「契約って‥?」


ダネルさんの登場にすっかり失念していた。


今日こそはいろいろと聞き出そうと思っていたんだった。


「ルル、そろそろ聞いてもいいかな?」


控えめに問い掛けてみると、ルールシエルはわかっていたかのように頷く。


「約束通り、質問に答えるよ」


「えー?なに、連れ込んどいてなにも教えてあげてないのっ?!」


ダネルさんが大袈裟な言い方で口を挟んだ。


「‥空間魔法で連れて来たから、本人の体力が回復するまで待ってもらってたんだよ。疲れてるときに聞いても頭に入らないよね?」


確かに、と頷くわたしを見ていたダネルさんは、ふーんと言って渋い顔をする。


「空間魔法、か。‥この1年半くらいちょくちょく姿を消してるのは知ってたけど‥‥なるほど。異世界にまで探しに行ってたんだね」


さっきまでの軽い調子ではなくなんだか深刻な話し方だ。


そういえば、猫のルールシエルと出会ったのは確か1年半前くらい。


「そう、運良く見つけられたんだ‥彼女を」


そんな前からわたしを?


探すってなに‥?


「それで?契約したら解けたの?」


「いや‥」


わたしは知らない事情を話す2人を交互に見た。


わたしが関係してる内容なんだろうけど、全く話の筋が掴めない。


「まだ覚醒してないってこと?」


「‥だろうな。まだ歳も16に満たない」


「そうだよねえ。12、3歳ってところならまだ無理だよね」


12、3?‥わたし今年で16になりますけど‥


「‥とにかく。今日は神無に色々とこの世界について教えたいんだ。仕事は夜にしてくれ」


「それなら仕方ない〜。隣の部屋借りるからっ」


「わかった。書類は僕が移動させるからそのままで良い。それから‥」


会話に参加できないわたしは、テーブルに置かれたままのロールケーキと同じ気分だ。


紅茶は冷めきってるだろうな。


契約とか魔法とか覚醒とか、知らないことばかりで頭が痛くなりそう。


今日はどうしても知らなくちゃいけないことだけ聞いて終わりにしよ。


わたしは2人から離れてソファーに腰掛けた。


目の前には冷たくなった紅茶と表面が若干パサついたロールケーキがいる。


食べて良いかと聞こうと思って顔を上げると、同じタイミングで振り返ったルールシエルとバッチリ目が合った。


「神無、研究室に行ってくるからちょっと待っててね?あ、ケーキは食べていいよ。紅茶は僕が入れ直すから飲まないでいて」


「はーい」


まのびした返事をするわたしにニコリと微笑んだルールシエルは、ダネルさんとボソボソと会話した後部屋の奥へと消えていった。


「いただきまーす‥」


可愛らしいデザート用のフォークでイチゴをツプリと刺し口に運んだ。


普通のイチゴより小ぶりなそれは、甘くて、瑞々しくて、すごくおいしい。


「んーっ甘い!」


思わずニヤけてしまう。


好物のイチゴに気を取られてたわたしは、ダネルさんが近づいて来るのに気がつかなかった。


「甘いー?カンナちゃんは美味しそうに食べるねえ」


ソファーを揺らさないようにゆっくりと腰掛けたダネルさんはわたしの顔を覗き込んだ。


「え?あ、甘い、ですね‥」


「ふーん。カンナちゃんは甘い物好きなんだー」


お互いの太股がピッタリとくっつくような距離に座られて落ち着かない‥


わたしを見てニコニコと笑うダネルさんはお皿に乗ってるイチゴを長い指で摘み取った。


食べるのかな?と思って見ていると、ダネルさんは持ったイチゴをわたしの口元に近づけてきた。


「はい、あーんして?」


「え?!」


自分で食べるわけじゃなくてわたしに食べさせるつもりだったの‥?


笑顔を崩さず戸惑うわたしにイチゴを突き付けるダネルさん。


「えっと‥わたし自分で食べられますけど‥」


「いいからいいからっ!ほら、イチゴが待ってるよ?あーんしてっ」


完全に子供扱いされてる‥


遠回しな拒否をかわされて渋々口を開くとすかさずイチゴが投入された。


「ん、」


モグモグと咀嚼するわたしを近距離で眺めていたダネルさんは、満足したのかにっこり笑って頭を撫でてきた。


彫りの深いダネルさんの顔は近くで見るとエキゾチックで。


ルールシエルといい、ダネルさんといい、男の人なのにどうしてこんなに綺麗な顔をしてるんだろ‥


ぼんやりとそんなことを考えてるとふいにダネルさんがわたしの顎に指を添えた。


「?」


わたしが持ってるケーキ皿を受けとってテーブルに置く。


「ダネルさん?」


「君には絶対に手を出すなってルールシエル君から言われたんだよね。でもさ、私って性格悪いから‥」


ぐいっと顎を上げさせられダネルさんの顔が近づいてきた。


「‥!」


反射的にぎゅっと目を閉じると耳元に生暖かい息が吹き掛けられる。


「‥そう言われると逆効果なんだよね‥君、すごく可愛いし‥見た目ほど子供じゃないみたいだし、ね‥」


「‥っ」


耳元で囁かれるテノールの声にぞわわわっと鳥肌が立つ。


ダネルさんの、あまりの豹変ぶりに反応できない‥‥


「‥なーんてねっ!!」


「はえ‥?」


ばっと身体を離したダネルさんはおどけた風に笑った。


「冗ー談だよっ!確かにカンナちゃんは可愛いけどー。私は童女趣味じゃないんだよねえ、残念ながら!」


あははっと声を上げて笑うダネルさんを見て、ほっと胸を撫で下ろした。


「びっくりした‥‥ダネルさんからかわないでください!!」


ドキドキと脈打つ心臓を鎮めるように手を胸に当てる。


ルールシエルの中性的な美貌とはまた違う独特な雰囲気のダネルさんに、ちょっとだけ魅力を感じたなんて絶対言わない!


わたしは苦し紛れにお皿を手に取ってロールケーキを豪快に食べた。


「なになにー?ルールシエル君がいるってのに私にドキドキしちゃった〜?カンナちゃんってば浮気者ーっ」


ニヤニヤと含み笑いを浮かべるダネルさんはわたしの中で要注意人物に決定した。


安易に近づかないことにしよ!


「そんなんじゃありませんから!」


ふいっと顔を背けるわたしを見てふふっと笑ったダネルさんは、よいしょっと言って立ち上がった。


「それじゃあ私は彼が戻って来る前に御暇しようかなー。じゃあね、カンナちゃん!」


ダネルさんは、ラブラブしたことは内緒だよ?と口元に人差し指を立てて首を傾げた。


誰が言うか!


「さよならっ」


ぶっきらぼうな挨拶をするわたしに手を振って、颯爽とした足取りで帰っていくダネルさん。


完全に遊ばれた‥


どっと押し寄せる疲れを感じてソファーの背もたれに身体を預けると、ちょうどよくルールシエルが研究室から戻ってきた。


もうちょっと早く来てくれれば良かったのに‥


ルールシエルはわたしの恨めしげな視線に気づいたようで、隣に腰を下ろすとどうしたの?と尋ねてきた。


「別に‥」


ルールシエルの方を見ないでロールケーキに集中するわたしを暫く眺めていた彼は、思い出したかの用に散らかった部屋に視線を移した。


「まったく、散らかすだけ散らかして‥。突然で驚いたよね?ダネルはああいう奴なんだ」


ルールシエルがパチンと指を鳴らすと、散乱してた紙の山が一瞬で消えた。


「おおっ!」


驚いて目を丸くするわたしに向かって小さく微笑んだルールシエルは、冷めてしまった紅茶のポットに手を添えた。


コポコポと音を立てたかと思うと、ポットの先から白い湯気が一筋天井に向かって伸びていく。


「僕は精霊とも契約をしてるから、こんな風に簡単に魔法が使えるんだよ。本来なら魔法を使うためには言霊が必要になるんだ」


「へぇ‥なんか凄すぎてよくわからないや」


正直な感想を述べると、ルールシエルはクスクスと笑ってわたしの頭を撫でた。


「ゆっくりと受け入れてくれたら良いよ。神無の世界じゃ馴染みのないことだもんね、魔法とかって」


「うん、」


ルールシエルは頷くわたしを抱き寄せると、猫がそうする様にスリスリとほお擦りをした。


「もうルル、恥ずかしいからっ」


小さく抵抗するわたしの意見を無視したままぎゅうっと抱きしめるルールシエルの腕に安心感を覚えたのは何故だろう。


知らないことだらけの世界で頼れるのはルールシエルしかいない、そんな風に思うのはちょっとだけ心細いせいなのかもしれない‥‥

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