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永久の契約  作者: 由乃
6/15

6_新しい世界で(1)

ルールシエルに連れてこられてはや2日が過ぎた。


まだ詳しくはなにも聞いてない。


尋ねようとしても上手くかわされて駄目だった。


美味しいご飯をいただいて、とりあえず休めと言われて寝かされている。


食物は元の世界とほとんど同じような形をしてたし、料理の味は少し薄めだけど塩分摂取量が多い日本人にはちょうど良いくらい。


それぞれの名前は違うけど、パンも米のような穀物も野菜もある。


どうやら豚肉は食べないみたいだけど、わたしは鶏肉派だから問題ない。


横になってれば眠れちゃうから楽には楽だけど、いたって健康体なわたしはそろそろ飽きてきた。


それにあちらの世界にいるだろう由利恵やママ、わたしの植物たちが心配になってきた。


聞きたいこともたくさんあるし‥


わたしは、よっこらせと歳に似つかわしくない掛け声と共にベッドから起き上がった。


この2日間はルールシエルの部屋から一歩も外へ出ていないのだ。


部屋にトイレもお風呂も付いてるから外に出る必要がないと言うか、出させてもらえないと言うか。


食事はメイドさんとおぼしき女の人が運んできてくれる。


わたし用に部屋着とネグリジェを用意してくれた。


部屋の掃除は1日1回あって、その時はルールシエルの研究室で待機するんだ。


研究室は部屋の奥にある扉の向こうにあって、果てしなく続く螺旋階段を下った先にある。


ルールシエルに聞くとこの部屋は4階にあるらしいから、5階分の高さと距離を螺旋階段で上り下りするのだ。


地下の研究室は思いの外快適な空間で、まだ2回しかお邪魔してないけど結構気に入ってる。


四方の壁を隠すような背の高い棚にびっしりと並べられた本は、国語辞典のように分厚いもので見るだけで読む気がそがれそう。


瓶やら乾燥した薬草やら得体の知れない物体が押し込まれてる棚には興味をそそられた。


きらきらと光る石もあるけど、ホルマリン漬けにされてる生き物もいて、その用途に若干恐怖を感じる。


ルールシエルの広いデスクにはなにやら細かい文字で埋まった書類や、怪しげな色の液体が入った瓶が散乱していた。


ものによっては黒い煙りが漏れてるのだから大丈夫なのかと聞きたい。


壁は大理石のようなものでできていて、リンヤリとしていた。


部屋の中央に描かれているのが所謂、魔法陣ってやつなんだそうだ。


大きな円形の中に6角形が描かれていて、解読不可能なアラビア文字のような字が隙間なく書き込まれている。


線が多すぎてなにを意味して描かれてるのかまったくわからない。


研究室で仕事をしてるルールシエルの横顔は、ひどく真剣なもので安易に話し掛けられない雰囲気を醸し出していた。


だからわたしは部屋の隅にあるふかふかなソファーに座って室内を観察するか、ルールシエルが持ってきてくれた絵本を読んでるくらいしかやることがない。


それでも1人ベッドでゴロゴロしてるよりは楽しいから、足がパンパンになるの覚悟でルールシエルの研究室にでも遊びに行くか、と思い立ったところだ。


「もうあっちを離れて6日目だし‥色々と知らなくちゃなぁ‥」


よくよく考えると恥ずかしいことばかりしてきたと思う。


食事の時はわたしの箸を使って食べさせてあげてたし、お風呂も一緒に入ったことがある。


‥そういえばあの時だいぶ暴れてたな。


結構一緒に寝ることもあって、顔や手を舐められたりもした。


じゃれて遊んだこともあったし‥


「わあああっ!!」


思い出せば思い出すほど恥ずかしい。


穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。


猫のルルと過ごした生活をすべて金髪美少年に置き換えてみると、もうじっとしてはいられないほど恥ずかし過ぎる。


「うわーっうわーっ最悪だーっ!」


ベッドの上でのたうちまわるわたしの姿を見た人が、どんなことを思うかなんて知ったことではない。


ふわふわな枕を手に取りぎゅうっと顔を埋めて羞恥心を抑え込んでると、背後からクスクスと笑う声が聞こえてきた。


カバッと振り返ると、そこには眉目麗しいルールシエルがトレイを持って立っていた。


どこから見られてた?!


一人過去の醜態を思い返して悶えていた、なんて知られたくない。


かあっと赤くなった頬を隠すかのようにルールシエルを睨む。


「こんにちは、神無。どうしたの?なんだか落ち着きないね。‥美味しいケーキがあるよ、お茶にしよう」


わたしのジトリとした視線など気に留めない美少年は、爽やかな笑みを浮かべて近づいてくる。


紅茶の香とお皿の上に乗ったロールケーキがわたしの意識を簡単に奪った。


「ケーキ‥っ」


抱き抱えてた枕をぽいっと投げ捨てるわたしを見ながら、ルールシエルは実に優雅な足取りでテーブルまでトレイを運ぶ。


今日のルールシエルは襟が大きく開いた白いトップスに紺色のスラックスを履いている。


高いところで1つに結わいた長い髪は、彼が歩く度にサラリと揺れてすごく綺麗。


ルールシエルのストレートな髪を見てると由利恵を思い出す。


由利恵も羨ましいくらい真っすぐな髪質をしていたから。


もう会えないかもしれない、そう思うと胸が急に苦しくなる。


‥由利恵‥


「こっちにおいで、神無。君が好きなイチゴも付けてあるよ」


テーブルの上にティーセットを用意したルールシエルの傍まで行くと、細い腕が伸びてきて有無を言わさず捕らえられてしまった。


「ちょっ、いきなりどうしたの?」


ささやかな抵抗をみせるわたしを両腕で抱え込んだルールシエルは、悲しそうな目でわたしを見る。


「神無がすごく寂しそうな表情をしたから‥」


「わ、わたしそんな顔してた?‥ね、ねえ、ルルって年いくつ?わたしより年下でしょ。なんか歳に合わない喋り方だよね。前々から思ってたんだけど」


近距離にある美々しい顔にどぎまぎした心を落ち着けるためにわざと話を逸らしてみた。


身長が同じくらいだから本当に顔が近い。


「うん‥‥。‥年は13だよ。神無より2つ年下かな」


「13?!‥中1じゃん。‥なんか悪いことしてるみたい」


「悪いこと?」


年齢を聞いてびっくり。


年下かな?って予想はしてたけど。


13歳、中1と言ったらまだまだ外で駆け回りたいお年頃だろう。


授業中に消しゴムのカスを飛ばしたり、友達のノートに悪戯書きをしたり。


ルールシエルが校内で鬼ごっこする様子なんて想像もつかない。


‥しないんだろうな。


醸し出す雰囲気と実年齢がこれほど合わない人なんてそうそういないと思う。


「ねえ、」


「え?あ、えっと、」


抱き寄せてただけのルールシエルの手が背中を撫でて腰の位置で止まった。


腰なんて異性に触られたことがないからそれだけでビクっとしてしまう。


ぎゅっと引き寄せられて身体がくっつきそうになったので、ルールシエルの胸に両手を添えてかろうじて密着を避けた。


明らかにただのハグではない。


飛んでた思考を目の前の美少年に戻すと、可愛らしく小首を傾げて尋ねてくる。


「悪いことって?」


「いや、だからね。ルルまだ子供でしょ?わたしも子供だけど。ほら、こうゆうことは良くないって言うか?犯罪ぽいって言うか‥?」


「‥同意の元なら問題ないよ。僕のことは気にしなくて良いから」


いやね、わたし同意した覚えないんだけども‥‥


腰を引き寄せてる手とは反対の手でそっと髪を梳かれる。


耳の後ろ辺りから髪の中に指を差し入れられるとゾクっと背筋が粟立った。


「‥っ、」


「僕はこうして神無に触れていると心地好いよ。もう離したくないくらいだ‥ずっとこうしていたい。‥神無は?」


ちょっと話題を逸らせるつもりだったのに、余計に可笑しな方向に向かって進んでしまってる。


こんな時どんなふうに返事をしたら良いかなんてわからない。


あーとか、うーなどと声を漏らして時間を稼いでみるけど良い返答は一向に浮かばない。


浮かばないどころか、ドキドキが大きくなってきて頭が真っ白になりそうだ。


顔を少し上に向けられ、あと少し距離が縮めばお互いの唇が触れてしまいそう。


ルールシエルの視線がわたしの唇に移るのがわかってどきっとした。


わあああ、どうしようっ


1度キスしたからって2回目からは緊張しない、なんてことはない。


そもそも最初のは不意打ちであり、ルールシエルが男の子だって知らなかったから油断してたわけであり。


今の若者がどういう思考でキスするかなんて知らないけど、わたしは好きな人とするものだと思うから。


挨拶やコミュニケーション感覚でしてほしくない。


「あ、あ、あのねルル!トモダチ同士でこんな風に抱き合うとかって、あんまりないと思うんだよねっ」


「‥友達‥?」


「そ、そう!わたし達、トモダチ、でしょっ?」


「‥‥‥」


ルールシエルの綺麗な顔が無表情になっていくのが本気で怖くて声が震える。


「る、ルールシエル‥?」


鋭くなった視線はわたし自身に向けられてるのではないと直感でわかった。


だけどこの2日間、笑顔しか見せなかったルールシエルが無表情になると、さっきとは違った意味で心臓がドキリと動く。


怖い。


ルールシエルの胸にあるわたしの手の平がじっとりと汗で濡れるのを感じた。


「神無にとって僕はただの友達なの?」


冷ややかな声色はわたしの瞳に涙を溜めさせるには十分過ぎる効果を発揮した。


彼が纏うオーラまで水が凍りそうなほど冷たい。


急に機嫌が悪くなった理由を理解できないわたしは黙ったまま上目遣いでルールシエルを見つめた。


暴言を投げられたわけでもないのに泣きそうになってる自分が惨めだ。


瞬きも出来ず見つめるわたしと、わたしを見据えるルールシエルの瞳が交差することものの数秒。


わたしにとって非常に苦しい沈黙を破ったのは、部屋のドアを打ち破る勢いで室内になだれ込んできた大量の紙の山だった。

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