5_本当の姿と
「‥んん」
眩しい太陽の光がわたしの目を瞼越しに刺激する。
いつも寝起きの悪いわたしが太陽に起こされるなんて。
地震があったって震度4くらいじゃ目覚めないくらい寝起き最悪なのに。
肌寒く感じたわたしはいつも包まって寝るお気に入りの布団を探して手を動かした。
するとわたしが捜し当てるより先にふわりと布団が被される。
ママ‥?
由利恵かな‥?
ママは明け方にみんなの部屋を回って、お腹出して寝てる子たちの布団を直してくれるし、由利恵は時々いつの間にかわたしのベッドに潜り込んで寝てる時があるから。
布団をかけてくれたのはママと由利恵、どちらの可能性もある。
どっちだろう‥?
由利恵かな?
髪を梳くように撫でる手つきはすごく丁寧で、せっかく目が覚めたのにまた眠くなってきた。
顔にかかってる長い前髪を繊細な指先が掻き分けてくれる。
露になったわたしの額に温かくて柔らかいものが押し当てられた。
なんだろうと思って手を伸ばしてみると、わたしの指先に覚えのある滑らかな毛が触れた。
「‥ルル‥?」
わたしが尋ねてみると、額にあった温もりが水音を立てて離れていく。
「‥そうだよ」
頭上から降ってきたルルの声はいつもより低く、はっきりと聞こえてきた。
この艶やかな声には聞き覚えがあるけど、いつ聞いたのかはっきりと思い出せない。
どこで聞いたっけ‥?
朝日の眩しさを想定してそうっと目を開けると、至近距離にあるアメジストの瞳とかちあった。
「おはよう神無。具合はどう?」
アメジストの瞳はそっと穏やかに細められ、その中にはわたしの寝ぼけた顔が映って見えた。
見慣れているはずのその瞳だけど今日はいつもと違う。
瞳を縁取る長い睫毛も、すっきりとおさまってる高い鼻も、瑞々しく潤う唇も、明らかに猫のものではない。
「‥‥‥」
あまりにも整い過ぎてて、あまりにも美し過ぎて、もはや同じ生きてる人間とは思えなかった。
わたしが知ってるのは猫のルルであって、目の前にいる美少女じゃない。
その美少女はわたしより2、3つ年下のように見られる。
丸みを帯びた輪郭と細い頚元は少女をより一層はかなげに、可愛らしく引き立ててた。
こんなに近距離から見てもきめ細やかな肌にはシミ1つないし、本当に人間なのか疑わしい。
思わず手を伸ばして恐る恐る美少女の頬に触れてみると。
「おぉ‥!やわらかい‥っ」
その肌はスベスベでモチモチでうっとりするほどの手触りだった。
美少女が抵抗しないことを良いことに、わたしは顔のパーツを1つ1つなぞってみる。
横に流した前髪で隠れていた眉毛を毛並みに沿ってひと撫でして。
ぱっちりとした大きな目を隠すように閉じられた瞼をそうっとなぞる。
筋の通った鼻を通過して、ゆるりと弧を描く唇にたどり着いた。
血色の良い唇は予想以上に柔らかくて指で触れてしまうのが勿体ないとさえ思えた。
「‥もしかして‥天使?」
「天使?まさか」
わたしの記憶にあるこの美少女のような容姿をもつ物体は物語で出てくる天使様しかいない。
だけど美少女はクスクスと可笑しそうに笑って否定する。
わたしはまだ夢の中にでもいるんだろうか。
やけにリアルな夢の中に。
わたしを見つめて愛らしく微笑む美少女は一体‥。
「ねえ‥僕も神無に触れていい?」
ぽけーっと阿呆っぽく口を半開きにしてたわたしに美少女は言った。
サラサラの金髪が美少女の肩から流れ落ちてきて、わたしの視界を金のカーテンで覆う。
「やっと‥‥」
「‥え?!あっ、ちちちょっと‥!」
すいっと近づいてきた美顔に焦ったわたしは両手を突っ張って距離をつくった。
美少女の身体はわたしの腕の長さ分離れた。
あからさまにほっとして息を吐いたわたしに、美少女は眉を寄せてみせる。
女の子同士だからって急に顔を近づけられたら誰だって焦るよ‥
「‥神無。僕に触れられるのは嫌?」
泣きそうに大きな瞳を潤ませて見つめられて答えに困った。
「いや‥とかじゃないけど‥」
「でも今、僕のこと拒絶したよね‥?」
「そんなつもりじゃなくて‥!えっと‥‥あの‥‥ごめん、」
わたしが悪いことしたみたいになってるのは不満だけど、先に断り無しに触れたのはこちらだから。
とりあえず謝っとく。
「ごめん‥」
じゃあいい?と首を傾げておねだりするように言う美少女に、渋々と頷いた。
ありがとう、と言って花が咲くようにふわりと笑った美少女に不覚にもトキめいてしまう。
同性で、しかも自分より年下の子にトキめくなんて。
「神無‥」
そっと自分の胸にあるわたしの手を握ると、そのまま枕に押し付けた。
‥‥はい?
美少女の思わぬ行動に目を丸くするわたしを見下ろすアメジストの瞳は、見たものを虜にするような妖しい光を放っていて。
なんか危険だ!と感じた時はもう手遅れで、わたしの瞳は彼女から放せなくなってた。
ゆっくりと再び近づいてきた美少女はわたしの剥き出しになった額にキスを落とすと、わたしがしたように目に鼻にと順になぞっていく。
‥唇で。
「待って!あの、わたし‥っ」
女の子とキスしたりする趣味はないの!
と叫びたかったわたしの唇はあっけなく塞がれてしまった。
「ーーっ!?」
押さえ付けてる手を押し返そうとしたけど、重力もあってかびくともしない。
こんなほっそい腕してるのに!!!
必死に押し返そうとしてるわたしをあざ笑うかのように、美少女はぴったりと身体を密着させてきた。
布団が間にあるから直接は触れ合ってないはずなのに、わたしはその近さに恥ずかしくなってかあっと頬が染まるのを感じる。
真一文字に結んだわたしの唇にやわやわと軽いキスを繰り返してた美少女は、するりと自分の指をわたしの指に絡めて握った。
ただ手を握られただけなのにドキドキが増してわたしはパニック状態。
そんなわたしを知ってか知らずか、美少女は唇を離すと、少しずつずらしていって今度は耳たぶを口に含んだ。
「っわ‥!なにしてっ‥!」
初めて与えられる未知な感覚にビクンと反応したわたしを面白がるようにさらに音を立てて舐める。
「やめてよ‥っう」
ちゅうっと耳元で音を鳴らして離れた唇は、またわたしの唇に戻ってきてさっきより激しく重ねてきた。
「ん‥っ、‥‥っ!」
緩んできた唇を押し広げて侵入してきた舌の感触にビクリと身体が反応した。
デ、デジャヴー!!!
夢と現実の間で起きた出来事が鮮明に思い出されて、わたしの鼓動は持久走後のごとき運動量で活動しはじめた。
そうだわたし変態にキスされてハグされる夢、みてたんだ‥
これは夢の続き?
それとも‥現実?
口内を動く彼女のそれには迷いがなく、自然にわたしのを導くように絡めとる。
カラカラに渇いてた口腔が潤いで満たされていく。
「‥っ‥んぐ‥」
鼻に抜けるような呻き声が出てしまって恥ずかしい。
酸素が足りないせいか頭もぼーっとしてくる。
「‥はあ‥」
「‥っは」
わたしにとって刺激が強すぎるその行為は、美少女の悩ましげなため息と共に終わりを告げた。
今まで男の子と付き合った経験のないわたしはそれ自体初めてで。
だけど全く嫌悪感を抱かなかったのは彼女のキスが上手かったからだろうか。
「く、苦しい‥」
「慣れてないんだね。可愛いよ‥」
乱れた呼吸を整えようと口をパクパクさせてるわたしを見下ろすアメジストは、さっきより色が濃く甘い視線を送ってくる。
うあああっ!
おおお女の子とキスしちゃった‥‥わたしのファーストキス‥
「‥はあっ‥、これが夢なら、わたし欲求不満過ぎるよね‥」
独り言のようにつぶやいたわたしに、コツンと額をくっつけた美少女が小さく笑った。
「欲求不満なのは僕のほうだよ。待てなくて、無理矢理連れて来てしまったんだから」
「え。‥連れてきた‥?」
はたと我に返って自分の状況を考えて、ほてった身体から一気に熱が引くのを感じた。
そういえば、こ‥ここ、どこ‥?
今さら過ぎる疑問に答えてくれるのは、わたしを組み敷いてる目の前の美少女だけだろう。
やっぱり夢‥?
現実感のある人肌の感触や、眩しい太陽の光がわたしが作った夢の世界でないことは直感でわかる。
ここどこ?!
手は固定されたままだから動かせる首を使って自分のいる状況を確認しようと試みた。
ベッドは部屋の中央にあるみたいで、大きな窓から見える外の景色と言えば、青い空とずっと先にある山だけだ。
部屋にあるインテリアはアンティーク風で、アイボリー色に統一された落ち着きのある雰囲気で。
わたしが寝ているベッドは大の大人が2人並んでも余裕な程大きい。
無駄に広い。
しかも天蓋付きでカーテンにはレースがあしらわれてる。
天蓋付きベッドなんて初めて見た‥
まさにお姫様の部屋に相応しいここ。
一通り部屋を観察したわたしが再び美少女に視線を戻すと、今度は彼女の格好に目がとまった。
これはまたオシャレな服を身につけている。
町でこんな服装をしてる人を見かけたら映画の撮影でもしてるのかと思うだろう。
パッと見ただけでもそのブラウスの質が良さそうなのは予想できた。
袖口についてるフリルも控えめであっさりしてるのにさりげなく手元を華やかに見せている。
緩められた臙脂色のリボンにはなにやら細かい刺繍が施されていて。
開いたブラウスの胸元から覗く鎖骨が色っぽい。
身につけているシルバーのネックレスは、そのか細い首に似合わず鎖のように太いもの。
きっとフリフリなミニスカを履いてるんだろうなと想像して、それから伸びる華奢な脚を思い浮かべた。
「‥あれ、スカートじゃない」
ベッドに腰掛けて、上半身をわたしに預けてる格好の彼女の足元を見て少しがっかり。
黒いスラックスと焦げ茶色のブーツは案外彼女に似合っていて、美人はなにを身につけても様になるなと感心感心。
「スカートはさすがに履かないよ。男だからね」
「‥は?」
クスっと笑いを零して美少女は問題発言を投下した。
「ああ、儀式の時は正装として、男でもスカートみたいな仕様の衣装を身につけたりするけど」
「‥男‥の子?」
「僕?うん、僕は男だけど‥?」
わたしの空耳じゃなければ目の前の絶世の美少女様は自分のことを男だと言われた。
「ははっ‥うそでしょ?冗談?」
「嘘なんかじゃないよ。神無は女子とキスする趣味があるの?」
むっとしたような表情を作っても可愛いなぁ‥なんて思ってる場合じゃない!
「いやいや、ないけど。‥そうじゃなくて!それ以前にっ」
なんだか混乱してうまく言葉が出てこない。
今わたしがいる場所がホームの自室じゃないことも、いきなり現れてキスしてきた美少女が実は男の子だったことも、理解する理解しない以前にすべてが謎すぎる。
意味がわからない。
なにが起きてるの?
ここはどこ?
貴方は誰?
お決まりの台詞が頭の中で繰り返される。
疑問すら口に出来ないわたしを見兼ねて彼が先に口を開いた。
わたしの狼狽っぷりが顔に出てたのかもしれない。
「‥あちらの世界に居る時は猫の姿を借りて生活していたんだ。いろいろと都合があってね‥この姿が本来の姿だよ」
美少‥年はしゃべりながらわたしを抱き起こした。
寝ていたせいか頭がくらくらする。
気持ち悪いし、頭痛もする。
「‥それでここは僕の自室兼研究室。ミリアス国王城の東塔だよ」
「ミ、リアス‥?‥国?‥城‥?」
「そう‥神無の居た世界とは文化も科学の発達速度も違うけど、人間が生存しているということには変わりないから」
安心して大丈夫だよ、と言いながらわたしを抱きしめる腕はやっぱり華奢だった。
安心させるように白魚のような指が優しく髪を梳く。
「そ、そんな急に言われても‥」
聞き慣れない単語が美少女、と見せかけた美少年の口から紡がれてるけど、わたしの頭にはなかなか入らない。
優しく撫でられたからって理解力が上がるわけでもない。
ザックリと現状説明されたところでへぇそうですか、と納得できるわけもなく。
「言葉も、ちゃんと伝わるよ。日常生活に支障はないから大丈夫‥」
「いやぁ大丈夫って言われても‥、わたし帰る‥帰りたい。‥こんなとこ知らないし」
「神無‥‥申し訳ないけど帰すわけにはいかないんだ‥」
美少年は形の良い眉を八の字にしてすまなそうに言う。
「どうして?」
「‥どうしても」
「なんで?」
「‥神無、お願いだから‥」
「‥‥‥‥‥」
混乱の中にいても冷静に会話できてるわたしを褒めてほしい。
だいたい、植物や動物の声が聞こえる自体おかしいことだから。
わたしが普通じゃないってことはなんとなく気づいてたし。
仮に、目の前の美少年が元猫のルールシエルだったとしても。
仮に、ここがわたしが知る世界から掛け離れた所だったとしても。
まあ受け入れられないこともない。
許容範囲‥だ。
だけどわたしにはわたしの家族がいたわけだし、生活もあったわけだし。
由利恵やママ、ホームの仲間がいたんだよ?
それをなんの断りもなく断ち切って連れてきたと言うなら、あまりにも思いやりに欠けてると思う。
ひどいよ。
そう考えると慌ててたさっきが嘘みたいに、すんなりと状況が把握できてきた。
徐々に焦りは怒りに変わっていく。
わたしは渾身の力を込めてルールシエルの身体を突き飛ばした。
予想外の衝撃に目を丸くしつつも軽いステップで後方に下がったルールシエルを、ベッドに座ったまま睨み上げた。
動きに合わせて宙を舞う綺麗な金髪も、太陽の光を反射して宝石のように見えるアメジストの瞳にも。
今のわたしなら負けない気がする。
「わたしを‥連れてきた理由、帰せない理由、この世界がなんなのか、きちんとわかるように正確に教えて」
ふらつく脚を踏ん張らせて立ち上がり、無い胸の前で腕を組んで、ほとんど身長の変わらない美少年の双眼を見つめた。
数秒見つめ合った後、譲らないだろうわたしに彼の方が折れたようで、はぁっとため息を吐いて格好を崩した。
「‥解った。君が言う通りちゃんと説明するよ」
「当たり前だよ」
わたしがふんっと鼻を鳴らすとルールシエルは困ったように笑う。
「知って得するようなことじゃなくても知りたい?」
「知らないほうが良いことってあると思うけど、無知ほど恐ろしいものはないと思うから」
「‥知ったらもう知らなかった頃には戻れないよ?」
「‥帰らせる気がないなら同じなんじゃない?十分巻き込まれてるんだから」
ルールシエルはわたしの強気な態度に苦笑を漏らして、そうだね、と小さく首を縦に振った。
「それじゃあ一から話そうか。‥でもそれは神無の体力が回復してからだよ」
わたしの体力?と首を傾げると、頷いたルールシエルは驚くべき事実を言った。
「慣れない空間魔法を使ったせいで影響を受けた神無は、丸々3日間飲まず食わずで眠っていたんだ」
どうりで頭がクラクラするし脚がフラフラするわけだ。
脱水気味でかつ低血糖になってるなら仕方ないことではある。
それにしても‥魔法、とはなんですか‥?
意識しだすと今までそれほど強く感じてなかった空腹感や倦怠感が一気に襲ってくる。
「そういえば‥お腹すいた。喉も渇いたし怠いし頭痛いし‥」
「朝食を用意させよう。なにが食べたい?頭痛も軽くなるように処置するよ」
「なんか軽いものが食べたい。クロワッサン‥。ココア飲みたい。あ、プリン食べたい。あと‥お風呂入りたい」
わたしはぐきゅるるると自己主張するお腹を両手でおさえた。
図々しくも要求するわたしに微笑んだルールシエルは、徐に膝を折りわたしの左手を恭しく取ると上目遣いで見上げてきた。
突然なんだろう、と思って見下ろす。
と、ルールシエルはわたしと目を合わせたままあろう事か指の先にキスを落としてきた。
「‥‥っ、」
15年間生活してきてこんなことをされたのはもちろん初めてだし、これほどキザな仕草が似合ってしまう人に出会ったのも初めて。
「我が愛しき姫の仰せのままに‥」
目の前の美少年の口からなら、姫、なんて単語が出てきても違和感がない。
まさかとは思うけど、姫ってわたしのことを言ってるの?
一連の動作に瞳を奪われていたわたしがポーっとほうけてる今も、文句の付け所がない笑顔を浮かべているルールシエルは、どこからどう見ても貴公子そのものだ。
「順序を違えてしまったけど、改めて‥。私は王家直属の魔導師団団長を務める、ルールシエル・シュナイザー。我が権限をもって貴女を招喚させていただいた。歓迎する」
―ようこそ、ミリアス王国へ―




