3_大切な何か
「ふぁーーっ」
今日で着るのは最後になる制服のセーラー服を脱いで、大人が3人一気に入っても狭くないだろう広い浴槽に浸かったわたしは大きく息を吐き出した。
浴槽の縁に両腕を組み、その上に顎を乗せるこの体勢が1番楽。
視界にはわたしと同じく日焼けしてない由利恵の背中が映った。
タオルを使ってゴシゴシ擦る由利恵を見てると、その肌がちょっと可哀相に感じちゃう。
由利恵はザバザバと豪快にお湯をかけて泡を流すと、黒く長い髪を一つに束ねてわたしの隣に身体を沈めた。
「ふーっ。極楽だぁー‥」
「そうだねー」
由利恵はわたしと同じように浴槽の縁もたれかかると、こっちを見てふやぁと笑う。
「当番の日は大変だけどゆっくりお風呂入れるから良いよねぇ」
「完全に貸し切りだしね」
「ねー。そうだ、今日で神無ちゃんも中学卒業だねぇ。本当に高校は行かなくてよかったのぉ?」
「うん、わたしなりたいモノとかないし‥」
最後のお湯は温めで長湯してものぼせないから、由利恵とわたしはこうして風呂で長話をしたりするんだ。
由利恵の高校の話しを聞いたり、今好きだというアイドルの話しを聞いたり。
わたしは今日まで通ってた中学の話しをした。
他愛のない世間話だけど、由利恵と話すのは楽しい。
いちいち反応が面白いんだもん。
「ぇえ??じゃあ学年で1番人気な男子に告られたのぉ??」
「まぁ‥。でも友達情報だから1番かどうかはわからないけど」
「‥わたしの神無ちゃんに手ぇ出したな‥ま、相手にされないだろうけど。中学男子なんて」
「あははっ由利恵、キャラ変わってるよ?それに手出されてないから」
いつもの間延びした話し方の由利恵と、今の由利恵、どちらが素なのかわからないから面白い。
「‥わたしがこんな性格だって知らなくて告ってるみたいだったから断ったよ」
ついつい話しが弾み1時間はお湯に浸かってたわたし達は流石に熱くなって、浴槽の縁に腰掛けて熱を冷ました。
「いるよねぇーそうゆう人。勝手に理想像と重ねてくる人って嫌」
思い当たる節があるのか、由利恵は眉をしかめて腕を組んだ。
もにんと豊かな胸が盛り上がる。
‥本人は気にしてないだろうけど、わたしは由利恵の腕に圧迫されて形を変えた大きい胸をチラリと見て一人落ち込んだ。
由利恵はグラビアアイドル並にスタイルが良い。
もう成長が止まったようで、完全に成熟した女の人の体型をしてる。
それに比べてわたしといえば。
1歳くらいしか歳が違わないのに胸なんか由利恵の半分もないのだ。
ビキニなんか着たら悲惨な結果になるに違いない。
わたしみたいな幼児体型にはスクール水着がお似合いだ。
童顔に幼児体型なわたしはせめて髪型だけは大人っぽくしようと思って前髪を伸ばしてるけど‥効果はあるのかわからない。
今時の中学生はみんな発育が良いから、自分だけ取り残されてるみたいで正直虚しい。
悲しいかぎりだ。
そんなことを考えてたら、知らないうちに由利恵の身体凝視してしまっていたようで。
由利恵と目が合ったわたしは無性に恥ずかしくなってふいっと視線を反らせた。
わたしの視線に気づいてた由利恵は、自分の胸とわたしの胸を見比べて納得したように頷く。
「神無ちゃん、大丈夫。きっと大きくなるよぉ‥それに神無ちゃんはそのままでも十分可愛いから平気!胸なんて脂肪だよぅ」
「‥‥ありがとう?」
由利恵の絶妙なフォローに対してお礼を言ったものの、わたしはガクっとうなだれた。
制服を着てないと小学生としてもイケちゃいそうなわたしが、由利恵みたいなセクシー体型になれる日はくるのだろうか。
第二次性徴は確かにきたはずなのに‥‥。
「あんまり気にすることないってぇ。神無ちゃんは神無ちゃんなんだからぁ。ね?」
そろそろ上がろぉと言ってわたしの頭を撫でる由利恵はいつも通り、ふにゃーっと笑ってた。
由利恵の脳天気そうな笑顔を見ると細かいことで‥はないけど、悩んでることがバカバカしく思えてくるのだから不思議。
「ん、上がろっか」
「今日もいっぱい話したねぇ」
「半身浴って身体に良いって言うから、ちょうどよかったね」
わたしと由利恵がお風呂から上がり、また他愛ないおしゃべりをしながら着替えを終え、掃除を済ませるともう時計の短い針は12を回っていた。
みんなが使ったお湯を流し、お風呂場と脱衣所の掃除はなかなかの労働なんだ。
由利恵はちゃちゃっと自分の仕度を済ませてわたしを呼んだ。
「神無ちゃん、こっちきて座ってぇ。髪の毛乾かしてあげるぅー」
「ありがとっ」
由利恵は一緒にお風呂に入ると、必ずと言って良いほどわたしの髪まで乾かしてくれる。
すごく気持ち良いから、ついついうっとりリラックスしちゃうんだ。
優しく髪を梳く由利恵の指を心地好く感じていたわたしが、ふとつむっていた目を開くと大きな鏡ごしに由利恵と目が合った。
「?」
由利恵の瞳はなにか言いたそうに揺れているからわたしは首を傾げて見せる。
「由利恵?」
首を傾けるわたしを由利恵は目を細めて見つめてるだけでなにも言わない。
その間にも由利恵の手は動いていて、わたしの量の多い髪は大分乾いてきた。
じばらくわたしと由利恵はそのまま見つめ合ってたけど、由利恵がふっと表情を緩めたことで微妙な雰囲気は壊された。
由利恵は時々こうやって無言で視線を合わせてくるんだけど、わたしはその意味がよくわからないから反応しようがないんだ。
「由利恵‥?」
「はぁい終わったよーっ!神無ちゃんの髪の毛はたっぷりしてて柔らかいよねぇ」
「‥量が多いと夏暑いし大変だよ。由利恵みたいにストレートならいいんだけど」
由利恵を伺うように声をかけてみるけどやんわりかわされちゃうし、由利恵がなにか言うまで待つことにした。
由利恵はわたしのくせっ毛を気に入ってるみたいで、いつもドライヤーをかけ終えると指にクルクル巻き付けて遊ぶ。
「えーっ。いいじゃんー!神無ちゃんもともと髪の色素薄くて茶色っぽいしぃクルってしてるとふわふわでお姫様みたいだよぉ?」
お姫様って‥と苦笑いなわたしをニコニコと見やる由利恵。
わたし姫ってキャラじゃないし‥
「あ、そろそろ寝なくちゃね。早く部屋戻ろ」
「明日から春休みだからねぇ。ついついゆっくりしちゃったぁー」
「ほんと。ママに見つかったら怒られちゃいそう」
「せっかく罰則なくなったんだから叱られたくないねぇ。静かに戻ろぉ」
いつものようなやり取りをして、私たちがお互いの寝室に帰った頃にはもう他のみんなは寝静まってて、ホームはしんとしていた。
ここでは1人1人小さいけど個室があてがわれてる。
シングルベッドと勉強机、洋服タンスが1つ、と必要最低限の家具しかない部屋だけどプライベートな空間があるのはすごくありがたい。
足りないものは自分のお小遣で買い足したりする。
わたしの部屋の机には、もう勉強道具は置いてないから空いたスペースに植物を置いていた。
小さなサボテンとサンセベリアがわたしの癒し。
窓際には大きめなバスケットがあって、その中にはフワフワなクッションが入れてある。
それはルールシエルが寝るためのもの。
夜中に帰ってくることが多いルールシエルは、わたしに気を使って起こさないようにそのバスケットの中で寝てるんだ。
布団に入ってきたところでわたしは起きないだろうけど、そういうさりげない気配りが出来るところはすごく紳士的だと思う。
私が部屋に入ると、ほんわりと室内が温めてあった。
ルールシエルが暖房を点けておいてくれたみたいだ。
「ルル、部屋あっためてくれてたんだ」
ベッドの上で寝転んでるルールシエルは顔だけ起こしてこちらを見た。
『遅かったね、カンナ。ずいぶん長湯してたみたいだけど‥湯冷めしないように、早く中に入りなよ』
そう言うとルールシエルは起き上がって器用にかけ布団を捲った。
彼はわたしより確実に頭は良いし、気が利くと思う。
宿題で出た数学を教えたら、3日で法則を理解して逆にわたしが教わる立場に変わったくらいだし、電化製品の使い方もすぐに覚えた。
猫のくせにって甘くみると痛い目にあう。
「ありがと。ルルは良い旦那になるよ」
『‥ふふ。うれしい褒め言葉だね。ぜひカンナの夫にしてくれる?』
ルールシエルはコロコロと可愛い声で笑い、ベッドに潜り込んだわたしを見下ろした。
「そうだねー。ルルが猫じゃなくて普通の人なら結婚したいかも。あ、わたしが16になったらね?」
わたしが冗談混じりに答えるとルールシエルはずいっと顔を近づけてきた。
大きいアメジストの瞳にわたしが映ってる。
本物の宝石みたいに綺麗なルールシエルの瞳に見つめられるとなぜかドキドキするんだ。
猫相手になに考えてるんだか‥
『僕が‥人間なら良いんだ?そうしたら君は僕の妻になるんだね?16になったら良いんだね?』
「へ?」
あまりにも近距離で話すものだから、ルールシエルのヒゲがちょんちょん顔に当たってくすぐったい。
「ぷははっ!‥ルルのヒゲくすぐったいよっ!」
『‥質問に答えてくれたら離れるよ』
「いやーっ!そのまましゃべらないでっ」
『‥‥‥』
仰向けになってるわたしに覆いかぶさるようにお腹の上に乗っかると、ルールシエルそのままザラザラな舌でわたしの首筋を舐めてきた。
「うひゃっぁ!やだやだ、くすぐったい!あははっ」
『‥カンナが真剣に聞いてくれない限り止めないよ』
ケラケラ笑うわたしに、ルールシエルは不機嫌そうに答えた。
そんな、猫の求婚じみた台詞に真剣に答える人なんていないから!
「もうっ‥えいっ!」
『わっ!!』
わたしはルールシエルを抱きしめると身体ごとゴロンと横向きになった。
猫と人とじゃ根本的な力が違うから、いくらルールシエルが猫にしては大きめな身体をしてたとしても簡単に退かすことができる。
そのまま胸に抱えこむように閉じ込めると、ルールシエルはむきゅーと可愛い声で鳴いた。
「捕まえたっ!可愛いルル。もう寝ましょうねー」
『苦しい』
猫撫で声を出すわたしに向かって腕の中から苦情を言ってくるルールシエルだけど、本気で嫌がってるようではないから離してあげない。
ルールシエルの首辺りは毛がすごく柔らかくて気持ちいい。
ほんのり石鹸の香がする。
鼻を寄せてスリスリと顔を擦り付けるようにすると、首輪代わりに付けてるオシャレなチョーカーに当たって少し痛い。
『カンナ、僕にとってもそれはくすぐったい』
「さっきのお返しだよ。ルルはすごいふわふわだね。気持ちいー‥あー寝ちゃいそう‥‥」
時間が遅いということもあって、だんだんと瞼が重たくなってきたわたしは、不満を漏らすルールシエルの声を子守唄にそのまま意識を夢に放った。




