14_新たな一面(2)
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覆水盆に返らず‥だっけ。
後悔先に立たず、かな?
ちょっと違うかもしれないけど、多分そんなかんじ。
どうして黙ってシャスさんの方に行かなかったんだろう‥。
素直について行けばあんな場面見なくてすんだのに。
自分が予想外に衝撃を受けてるということに、笑いすら込み上げてくる。
「‥はぁぁ〜‥」
いやね、予想してなかったわけじゃないけど。
あんなに美形なんだから、幼くたって恋人がいるかもしれないってわかってたよ。
‥そもそも中身は大人なんだし。
だけど目の前で、なんの前触れもなく、濃厚ラブシーンを見せられたら、誰だってうろたえるわ!
見られてた本人は気付いてないかもしれないけど、こっちとしては気まず過ぎる。
同じ部屋で寝起きするのなんかやだなぁ‥
どんな顔して話せば良いんだろう‥。
お馴染みとなった部屋の前で行ったり来たりウロウロ歩き回ってたわたしは、少し落ち着くために来た廊下を戻ろうと思った。
確かこの階の角の部屋にはピアノが置いてあった気がする。
そんな上手には弾けないけど、気を紛らわせるには調度良いかもしれない。
‥それは半日前のこと。
結局シャンさんの仕事を手伝うことになったわたしは、背筋を伸ばして颯爽と歩いていく彼女の後をワタワタと追っていた。
長い廊下を過ぎ、渡り廊下のようなところを越え、たどり着いたのは資料室。
ルールシエルの研究室にあった資料を、遥かに超えるほどの書物が鎮座しているそこ。
古い本特有のかび臭い臭いはしないけど、ちょっと異質な空間だなって思ったのが正直な感想。
この資料室に入るのに3回も鍵の掛かったドアをくぐったし、中央にある円柱の棚にびっしりと収納されてる本は、見る度に場所が変わっている。
背表紙がキラキラ光って綺麗だなって目についた本が、次に見た時にはその場所から消えてたり。
ここにも魔法が使われてるんだろうな。
ずっと上の方に天井が見えるから、一応この棚にも終わりがあるようなのでホっとした。
円柱の棚を中心に螺旋階段があって、どうやら階段を上がり下がりして目当ての資料を探すらしい。
‥明日は筋肉痛決定だ。
一体何階まであるんだろ‥
「1、2、3‥‥7、8‥」
「21階だ」
「に、21!?」
階を数えようとしていたわたしに、シャンさんはボソッと教えてくれた。
その数を聞いて開いた口が塞がらない。
「‥ここで、目当ての資料を、探すんですよね‥?」
「そうだ。捜し物は私がする。お前は13階の5番室内に居ろ」
「は?」
13階まで上れと。
シャンさんは涼しい顔でそう言うと、自身は軽い足取りで螺旋階段を上り始めた。
本の背表紙を細い指でなぞり、ぱっぱと選んでいく。
わたしがボケーっと眺めている間に、両手いっぱいに資料を抱えたシャンさんは、上るスピードを変えないままある階まで上りきった。
「13階の5番はここだ。ここで待ってろ」
上からふってくるシャンさんの声が室内に響く。
心なしかこだまして聞こえるような。
あんなとこまで上るんだ‥
仕方ない、とため息をついたわたしは、螺旋階段をギッと睨みつけて気合いを入れた。
順調に上り始めたものの6階くらいで息があがり、棚にもたれ掛かって休んでると。
表情一つ変えないシャンさんが、わたしの目の前を通って降りて行った。
それから何冊か分厚い本を抱えて上ってくる。
何往復してるんだろう‥
汗はかかないにしても、ぜーぜーしてるわたしと違い、シャンさんは呼吸を乱してる様子はない。
絶対体力お化けだ‥
ふうっと息をついた後、わたしはまた重たい脚を持ち上げた。
日々の運動不足さを痛感させられながら、やっとこさっとこ13階まで上りきることができた。
1つの階に部屋が5つあって、そのうちの一室のドアが少しだけ開いていた。
「ここが5番‥?」
恐る恐るドアノブに手を添え押してみる。
キィ‥と小さな音を立てて開いたドアの中には、資料が山積みになったガラスのテーブルとオシャレなソファーがあった。
全体的に暖色系で統一された、隠れ家のようなその部屋は居心地が良さそうだ。
部屋に足を踏み入れると、フカフカの絨毯が受け止めてくれる。
部屋に1つだけある大きな窓からは太陽の光が控えめに差し込んでいた。
そろそろと窓際まで行って外を眺めてみる。
13階まで上っただけあって‥‥それなりに高い。
遠くに建物が密集する場所が見えて、あれらが城下街みたいなものなんだと思った。
それ以外にあるのは、森のみ。
本当に自然が多い場所なんだ‥
緑に癒されてほっと息を吐き出すと、いつの間にか部屋に居たシャンさんがコーヒーをのせたトレイを持って近づいてきた。
「あ、ありがとうございます」
無言でカップを差し出した彼女は、自分の分のコーヒーをテーブルの隅に置くと、部屋の奥へと消えて行った。
あっちには給湯室があるのかもしれない。
しばらく窓辺に身体を寄せて外を眺めてたわたしは、戻ってきたシャンさんに声をかけられてソファーに歩み寄った。
「ここに座れ。お前には資料を順番に揃えて整理する仕事をしてもらう」
「はい」
20枚ほどの洋紙が1束になった資料が手渡された。
これを見本に揃えろということか。
テーブルの上には、シャンさんが探してきた分厚い本の山と隣り合わせて、A4サイズの洋紙の山がそびえていた。
「‥これ、全部?」
「当たり前だ」
あっさり言い返されて気が遠くなりそうになってるわたしを差し置いて、着ていたローブを脱いだシャンさんは、シャツの袖をまくり本を手にとってパラパラと凄い速さで読みはじめた。
その速読にも驚かされたけどそれ以上に、シャンさんの完成されたしなやかなプロポーションに目が釘付けにされた。
本を支える指や手首は、折れるんじゃないかってくらいにほっそりしてるのに。
胸の膨らみは窮屈そうにシャツを押し上げてる。
ぼ、ボタンが弾けそう‥
よくよく観てみると、シャツから透けて見える腕はただ細いだけじゃなくて、適度に引き締まってるようだ。
まるで無駄な贅肉がない身体は、有名な画家が描いた1つの作品のように思える。
おかしい!
そんなに歳は変わらないように見えるのに‥
この発育の差は絶対おかしい!
わたしのなんて一向に成長する気配すらないのに!
ずるいっ‥!
嫉妬混じりにシャンさんの身体をじとーっと眺めていたら、ふいにその華奢な肩が震えだした。
「くくっ。お前は考えてる事がなんでも顔に出るんだな」
「なっ‥!」
そう言われて顔を上げると、不自然に口角を上げたシャンさんの顔があった。
「ーーもうっ!!笑ってるんですか?馬鹿にしてるんですか?どっち!?」
今考えてることがバレたなら惨め過ぎる。
いっそ思いっきり笑って馬鹿にすれば良いのに!と思って問うてみると、シャンさんは眉を寄せてそっと自分の頬に触れた。
「‥‥“笑った”つもりだったが‥あまりうまくいかなかったか‥」
ポツリと呟かれた言葉の意味を考える前に、シャンさんの手が伸びてきて顔面をガシッと捕まれた。
「ふぎゅ!?」
「“笑み”を作るのは容易ではないな。‥お前を観てると簡単にできそうなのに」
「は、はな‥っ」
顔の形が変わるっ!
結構な力で捕まれて頬っぺたが痛い。
シャンさんの腕をペシペシと叩いて、離してもらおうともがいた。
「ひゃんさん!いたひよ!いたひっ‥!」
本格的な痛みがやってきたわたしは、うっすら滲んできた涙で潤む視界でシャンさんを睨んだ。
わたしの視線を真正面に受け止めたシャンさんは、パチパチと瞬きを数回すると手の力を少しだけ緩める。
「‥そうか、その表情は良いな。弄びたくなる。‥だが“作る”のは難しそうだ」
「は?!意味わからないんですけど‥」
緩んだ手を押しのけて、痛くなった頬っぺたをさすった。
「表情って感情によって変わるものだから、“作る”ものじゃないと思います」
「なら感情が乏しい者は表情がないということか」
「‥まぁ、そういう事になる、かな‥?」
よくわからない話に進んでいってる気がする。
わたしの曖昧な返答に、シャンさんは納得したように頷いた。
「なるほどな‥。どおりで出来ないわけだ。私にはそもそも感情がないから。‥もう少し“表情”を作れと主に言われたが‥不可能に近いな」
シャンさんは独り言のように語りだした。
感情が無い人間なんているのかな?
主ってルールシエルのことだよね。
ルールシエルがシャンさんに表情を作れって命令したの‥?
そんなこと言うとは思えないけど。
「シャンさん、表情は無理に作る必要はないんですよ?嬉しかったり楽しかったりしたら笑うし、悲しかったら泣きます。その時々で自然に変化するんですから」
「‥‥‥」
ね?と伺うようにシャンさんを見れば、理解不能と言いたげな表情をした彼女がわたしを見つめ返した。
「ほら、今『意味不明』って思ってるでしょう?“表情”にでてますよ」
小さく笑みをこぼしたわたしが、シャンさんの瞳に映った。
出会って初めて、シャンさんのガラスのような瞳に、わたしという存在が映った瞬間だったと思う。
(3)に続きます!




