12_居場所(4)
『呪いですの。闇〈あん〉の魔女から受けた呪詛。兄様は17の時に“肉体の成長”を奪われたのですわ』
マロンさんが目を伏せると長い睫毛が影を作る。
『以来、徐々に退化‥つまり若返ってしまってますの。意識や魔力は変わらないのに‥いえ、年相応に成長してますのに、身体だけ幼くなっていくようで‥魔力のコントロールが難しくなってるみたいですのよ』
この世界では、魔女とか、呪いなんてものが普通にあるんだ‥。
なんでまた、ルルが‥?
『‥‥それは本人の口から聞いてくださる?‥‥兄様が呪いをかけられてから4年が経ちましたわ。今は13歳の頃の姿をしてます。あと13年間呪いが解かれなければ‥赤子に戻り最終的には‥‥』
なにそれ。
最終的には‥なに?
マロンさんの悲愴な面持ちは、言葉の続きを無言で訴えてきた。
『今年いっぱいで特例で与えられた数々の権利が剥奪されてしまうのですわ。12歳まで戻ってしまったら、ここでは子供として認識されますから』
権利剥奪?
今の地位ではいられなくなるって意味だよね?
その、呪い‥を解く方法はないの?
『呪いを解く方法?ありましてよ。呪いをかける方法があるならば、解く方法だってきっと』
“きっと”てことは‥今はないんだ。
『魔女の力は特殊なのですわ。だから同じ魔女にしかその力を相殺できないのよ。‥しかも対極の、光〈こう〉の魔女の力が必要なの‥』
じゃあその光の魔女を探して来れば良い話じゃない?
『そう簡単にいかなものですわ‥光の魔女は争いを好まないから、陰謀渦巻く場所には現れませんの。探そうとしても姿を眩ませます』
じゃあどうやって光の魔女を見つけたら良いの?
『そう、そこで兄様は、まだこちらの人間が入り込んでいない異世界まで、光の魔女の“質”を持った人を探しに行ったのですわ。そこでようやく見つかった‥貴女です』
‥‥え?
見つかった?
わたしが??
『‥って聞いてませんの?えぇ?!知らないですって?‥契約?あぁまあ必要ですわね、上層部の魔導師ならば』
‥‥わたし、何もできないよ‥?
わたし、ただの人間、だよ?
『今は未だ、ね。‥そう‥聞いてなかったのね‥貴女の力が兄様の運命を握っていると‥。だから、』
「‥、‥な。‥神無?」
「えっ?あ、あぁ、なにっ?」
怪訝な表情をした眉目麗しいルールシエルがわたしを見つめている。
いけない、ボーッとしてた。
マロンさんから重大事項を聞いたあの日から、3日経って今にいたる。
事は深刻で、どう触れて良いのかわからない。
にわかには信じられないけど、ルールシエルの大人びた雰囲気や仕草をよくよく観察してみると、頷ける。
どう見ても13才の少年には思えなかったから。
羽織ってた上着を脱いで、シャツのボタンを外すところとか、グラスを持つ手つきとか。
それはそれは大人っぽかったから。
‥心は成長するのに、身体だけ幼くなってくってどんな感覚なんだろう?
できてたことが、できなくなってく感覚‥かな?
まったく、呪いってなんなの?
魔女ってなに。
何日かぶりに2人で朝食を摂ってる最中に、そんなことで頭がいっぱいになってしまう。
このところ朝からずっとマロンさんが一緒にいてくれたから、ルールシエルのことだけを考えなくて済んでたけど。
こうして2人きりになってしまうと困ったことに、必然的に意識は彼に向かってしまうんだ。
「‥ごめん、なんかぼーっとしちゃってた」
強張った表情を見せないようにと思って笑ってみたけど、彼はわたしのささいな変化を見逃してくれない。
「何かあった?考え込んでるみたいだけど。ほら、」
すっと視線を下げた先には、一口大にちぎったパンが山になっているお皿があった。
口に運ぶのを忘れてひたすら手だけを動かしていたようだ。
「あ」
「僕になにか隠してる?前はもっと色々話してくれてたのに‥」
眉毛を下げて寂しそうな表情をされると、思わずサラサラふわふわの髪を撫でてあげたくなる。
けど相手は自分より年上の、成人男性だと言うことを忘れてはいけない。
この美少年の実年齢は21才なのだ。
なでなでするなんて論外だろう‥
それにね、以前いろんな話をしてたのは、貴方を人だと思ってなかったからなんですよ‥
「もしかして、侍女に何か吹き込まれた?」
一瞬ギクッとしたけど、努めて表情にださないように平静を保ったわたしは、首を横に振ってごまかした。
「ううん、なにも?‥たださ。今みたいになにもしないで衣食住世話してもらってるの、申し訳なくて‥」
‥嘘は言ってない。
住む所、食べる物に困らなくて済むのはとても助かるけど、1年間こちらで暮らしていくなら仕事を見つけないと。
そもそも、わたしが連れてこられた理由を明確にして、やるべきことをやらなくてはいけないはずで。
「わたしにできる事、ないかなって思ってて‥」
どうすればルールシエルの役に立つのだろうか?
秘密を知ってしまった以上、のんきに生活していて良いとは思えない。
一刻も早く、魔力を身につけなくてはいけないはず。
でも自分が魔法を使えるようになるなんて、想像つかない。
複雑な心境だ。
ルールシエルのためになにかが出来ないなら、わたしがこちらに居る理由がない。
もんもんと考えはじめると朝から気持ちが沈んでしまう。
第一、彼自身がわたしに本来の目的を言ってくれないんだもん、どうしたら良いかさっぱりわからない。
「‥神無は僕の傍に居てくれれば、それで良いんだよ。契約もさせてもらったし、今すぐに何かする必要はないから」
「や、でも‥」
早く呪い、を解かなくちゃいけないんじゃないの?
とはさすがに聞けず、黙り込むわたしにルールシエルは温かい視線を向ける。
「君はまだ自分の内に秘めてる魔力を自覚してないみたいだけど、こちらの空気に当たっていれば自然と身についてくるから大丈夫。心配しないで、今は体調を崩さないようにして、こちらの世界に早く慣れてほしいんだ」
「‥‥うーん‥。‥、」
ルールシエルはわたしを無理矢理連れてくる程焦ってて、早く呪いを解きたいはずだろうに‥どうして話してくれないんだろう。
山になったパンを口に放り込みながら頭を悩ませる。
「ねぇそういえば、侍女の仕事をしたいって言ってたみたいだけど?」
ルールシエルは食べ終えた食器を片付けに、絶妙なタイミングで入室してきた侍女のセリーナさんをちらりと見やった。
「そんなことする必要はないけど、どうしても仕事をしたいというなら、僕の手伝いをしてもらって良いかな?」
「ルルの手伝い?うん、是非ぜひ!できることならなんでもするよ」
「ふふ、神無は真面目だね。そういうところも含めて、すごく好きだよ」
ルールシエルは口角を少しだけ上げて笑みを作る。
テーブルの上に置かれたわたしの手に、そっと自身の手を重ねると円を描くように撫でてきた。
「なんでもする、なんて言われちゃうと無理なこともお願いしたくなるな‥いいの?」
艶っぽい笑みを浮かべてそんな台詞を言われたら、意味はわからなくてもドキドキしちゃう。
なんなんだ、ルールシエルという男は‥。
普通の女の子なら色々勘違いして、コロッとオちちゃうに違いない。
‥罪作りなやつめ。
赤くなっただろう顔を背け、さっそく仕事内容について尋ねてみることにした。
「‥で、何をしたら良い?わたしにもちゃんとできるかな?今日から始める?まだ城の構造とか把握できてないんだけど‥」
「あははっ、そんなに焦らなくて良いよ。最初は簡単なお使いから頼もうかな」
‥なんだかルールシエルの優しさが伝わってくる。
慣れないこちらの生活に少しでも馴染めるように、少しでもストレスを感じないように、とわたしに気を使ってくれている。
でもそれじゃ駄目な気がしてならない。
元の世界に居た時は、何の目的もなくただただ毎日を過ごしていてよかった。
それが幸せだと思ってたし。
愛してくれる人の傍で笑ってられる毎日が。
でもここではわたしにしかできないこと、を見つけてみたい気持ちもあるのかもしれない。
ルールシエルもマロンさんも、親切にしてくれるから甘えてしまってたけど、そもそもここにわたしの居場所はなかったはずだから。
自分の力で自分の居場所を作らなくちゃいけないんだ。
今までみたいに与えられるモノをただ受け入れるんじゃなくて。
「明日から仕事頼もうかな?僕の部下を紹介するね」
目を細めて微笑むルールシエルが遠く感じる。
そっか、わたしは焦ってるんだ‥
今この世界に、わたしの居場所は‥‥ない。
そう気づいてしまったから。
あけましておめでとうございますm(__)m
だいぶ遅くなってしまいました。。。またゆっくりペースで頑張りたいと思います!




