11_居場所(3)
「こっちですわよっ。早くいらして!」
「ちょっと待ってってば!‥‥ここは?」
ひたすら長い廊下と大量の階段を越えたマロンさんとわたしは、重々しい扉の前にたどり着いた。
木製なのか金属製なのか、何でできてるか判断しかねる、細やかな彫刻で飾られたその扉。
「ここから外に出られるの?」
「そうですわ。ここはある程度地位の高い人間でなければ、開くことを許されない扉ですの」
「へえー‥そうなんだ」
「ええ。‥ちょっとそこの貴方、ここを開けていただけないかしら?」
マロンさんが扉番らしき男の人に言うと、彼女の顔をまじまじと見たその人は、こっちがうろたえるほどの慌てぶりで開閉の準備に取り掛かった。
ルールシエルがあの若さで団長を務めてると言ってたから、もしかしたらマロンさんもすごく地位の高い人なのかもしれない。
「正面から見る庭が1番綺麗なのよ!煩わしい人間関係の渦巻く腐ったような城の中で、唯一安らげる素敵な場所でしてよ」
「ちょっ‥腐ったようなって‥」
周りには兵士の様な方々がいるのに、気にするそぶりも見せずズバズバ言ってのけるマロンさん。
「あの‥マロンさん?」
「あら、なにかしら?」
「つかぬ事を聞くけど‥マロンさんって、もしかして本当に女王様だったりする?」
「女王様?くすっ‥まさか」
そう言って笑った表情や言動がルールシエルにそっくりだ。
やっぱり血の繋がった姉弟なんだ‥ちょっと羨ましいかも。
「女王ではないですわ。近いと言えば近いですけど。‥開きましたわ。行きましょ?貴方達、ご苦労様でしたわね」
「はっ!いってらっしゃいませ!」
マロンさんの後に続いて扉をくぐると、兵士の方々はわたしにまで深々と頭を下げて下さった。
「あ、ありがとうございます‥」
「はっ!どうぞ足元にお気をつけて!」
体育会系のようなハキハキとした言葉遣いで送り出されたわたしは、目の前に広がる景色に息を呑んだ。
「う、わぁ‥‥!」
色とりどりの花々が咲き誇る広々とした庭‥と言うより庭園と呼ぶべきそこに魅せられ、感嘆のため息が零れる。
一歩外に足を踏み出した瞬間、鼻をくすぐるような甘い香がわたしを包んだ。
マロンさんから香る甘い匂いとはまた違う、身体に染み渡るようなホッとする香だ。
久々に聞こえてきた植物達の声が、やけに大きく感じて耳鳴りがする。
声が大きすぎて、言葉としては認識できないけど、なんだかみんな浮き浮きとしてるような気がする。
庭園の中央にある噴水から溢れる水は、しぶきが上がって太陽の光をキラキラと反射していた。
少し距離があるのにここからでも輝いて見える。
城の周辺に森があるからか、小鳥が遊びに来てるみたいだ。
囀りが聞こえてきた。
ここ数日、外っていう外に出てなかったからかわからないけど、流れる風の音や、草花の色彩が一層鮮やかに感じる気がした。
感動に立ちすくむわたしを待ってくれてるマロンさんは、すごく穏やかな表情をしている。
この美しい庭園に癒されてるのかもしれない。
マロンさんのところまで走っていくと、心なしか身体がふわふわと浮かぶような感覚がした。
足が軽い。
「マロンさんっ!すごいね、すごい!!こんなに綺麗な庭園があるなんて‥!」
わあわあ騒ぐわたしに、マロンさんは優しげな笑みを浮かべている。
「これだけ喜んでいただけると、あたくしとしても嬉しいですわ。‥噴水まで歩きませんこと?」
「行くっ!」
走り出したい衝動を抑え、ゆったりとしたマロンさんの歩調に合わせて歩を進めた。
石で出来た細い道を通って噴水までたどり着くと、そこには水浴びを楽しむ色とりどりの小鳥達がいた。
わたしも一緒になって遊びたいくらい。
「すごーい!真っ青な鳥がいるっ!」
「宝石の様ですわね。‥少しここで休みましょう。カンナ、バスケットをこちらに」
マロンさんはわたしが持ってたバスケットから、ハンカチを2枚取り出し噴水の縁に敷いた。
大きい噴水は縁も幅があって、深く腰掛けても水しぶきがかかる心配はないみたい。
「さ、お座りになって」
「ありがとう!ー‥本当に綺麗なとこ。こんなところ初めて来たよ」
「ええ、この庭は腕の良い庭師を雇って管理させてますからね。一切魔法は使ってませんのよ?」
「へぇ‥。噴水の水も澄んでるね!」
噴水を覗き込むと、ゆらゆらと揺れる水面がわたしの顔を映す。
水浴びをしていた青い鳥が一羽、わたしの肩に留まってきた。
「あら、ずいぶん人慣れした鳥ですこと」
「だね、人を怖がらない‥」
『見ない顔だー。お姉さん姫様のお友達?』
「わっ?!」
肩に留まった青い鳥は、クリクリの黒目をわたしに向けて話かけてきた。
むこうの世界じゃ一方的に声が聞こえるくらいだったのに‥!
「こ、こんにちは、はじめまして?‥あの、姫様ってマロンさんのこと‥?」
『そうだよ!驚きっ!お姉さん僕の声聞こえるんだね!』
試しに答えてみると、小鳥は嬉しそうに羽をパタパタさせている。
会話が成り立ってる!
「うん!わたしの名前は神無。あなたは?」
『僕?名前なんてな』
「‥カンナ?」
訝しげな表情をしてわたしを見るマロンさんに気づき、慌てて口を噤んだ。
小鳥の声が聞こえないマロンにとってみたら、わたしは独り言をしゃべってる変人にしか映らないだろうから。
やってしまった‥
「えっと‥あの‥」
「‥‥動物や植物の声を聞くことができるって話は、どうやら本当みたいですわね」
良い言い訳を考えようとしたところに、予想外のコメントがなされ、わたしは「へ?」と間抜けな声を発してしまった。
「聞いてますわ。安心して?独り言しゃべってる変人なんて思ったりしませんわ」
「あ‥‥うん、ありがとう?」
『ねえねえ!なんでお姉さんは僕と話できるんだろうねっ』
どうやらルールシエルから聞いたみたいだ。
とりあえず変人扱いされて、避けられる恐れはないみたいだからよかった。
ほっと胸を撫で下ろす。
知らない間に、関わりを持った人から拒絶されることを、恐れていたみたい。
「良いですわねぇ。あたくし動物なんて苦手ですわ。なにを考えてるかわからないもの」
『カンナ、姫様はこんなこと言ってるけど、毎朝僕らにパンをわけてくれてるんだよ?』
素直じゃない彼女が可愛らしくて、思わず小さく笑ってしまった。
「そうなんだ。マロンさんも動物好きなんだね」
「だから、苦手ですってば。‥その鳥が何か言ってますの?」
む、と形の良い眉を寄せていたマロンさんは、思い出したかのように目をパチパチと瞬かせる。
「そうですわ!全く人の手が入っていない花畑もありましてよ?」
「本当?!行きたいっ」
「あちらの方が野性の動物も多くいるでしょうから。‥でも今日は無理ですわね。日を改めて、兄様に連れていってもらうと良いですわ」
「うんっ!‥‥‥あ、そういえば」
すっかり忘れてた。
と言うより忘れるようにしてた事を思い出してしまった。
なんだか、それは早めに解決しないといけない事柄のように感じられるけど。
‥日陰を作るように立っている背の高い木の下には、2人掛けのベンチが置かれている。
あそこに座ったら心地良さそうだなぁ、なんて現実逃避的に逃げ回る思考を無理矢理呼び戻した。
ふわふわうきうき気分が急降下するのにがっかりしつつ、腹を括って直球に尋ねてみる。
「ねぇマロンさん‥、なんでルルのこと“兄様”って呼ぶの?ルルはマロンさんより年下なのに。マロンさんがお姉さんでしょ?」
「‥はい?」
マロンさんは怪訝そうな顔をして小首を傾げた。
それからなんとも言えない微妙な表情を作って、シャープな顎に指を当てる。
「まさかとは思うけれど‥聞いてないのかしら?‥どうしましょ、あたくしから話して良いのかしら‥。うーん‥どうしましょう」
だんだんと深刻な面持ちになっていくマロンさん。
一人でぶつぶつ呟いてるマロンさんを見て、やっぱり聞くべきじゃなかったかな、と思った矢先、それは爆弾のように投下された。
一瞬耳を疑ったけど、草花の囁きや風の音に負けない、澄んだ声を聞き違えるはずもなく。
「あの方、今年で21になりましたわ。身体は“13歳の頃まで”若返ってしまったけれど‥」




