10_居場所(2)
「よしっ‥と」
白いエプロンを後ろ手に縛り、準備万端だ。
黒いシックな膝上丈のワンピースに、フリル付き白エプロン。
ワンピースと同じく黒い靴下とローファーに似た少しヒールのある靴。
髪は邪魔にならないように、高いところで1つに結わいた。
侍女の制服に着替えたわたしは、ルールシエルが用意してくれた等身大の鏡の前に立っている。
「あらぁ。あたくしより良く似合ってるんじゃなくて?」
隣に並んだ美女とわたし、同じ服を身につけた2人が鏡に映った。
「マロンさんは髪結わかないの?」
今日もばっちり巻かれた金髪を自然に垂らしている美女‥マロンさんは、ふふんと鼻で笑った。
口元に手をそえて上品に笑う仕草が似合わないのは、昨日1日一緒に行動してよくわかった事実。
腰に手を当てて「おーほっほっほっ」なんて高らかに笑う姿のほうがしっくりくる感じ。
外見と中身は違うものだ。
「よくってよ。あたくしは王城の下‥コホン、侍女ではないもの」
‥今絶対、下女とか下婢とかそんな単語言いかけたな。
「貴女のお世話係を任せられただけですからね。それにしても楽な仕事ですわねぇ」
髪をクルクル指に巻き付けながらしゃべる姿は、あっちの世界の女子高生を思い出させる。
「食事の配膳以外の身の回りの手伝い、ということでしたけど‥貴女全部自分でこなすもの。あたくしなにもすることありませんわぁ〜」
そう言ってわたしが使わせてもらってる大きなベッドに腰掛けたマロンさんは、現在18歳でわたしより3つ上のお姉さんだ。
飾り気のない侍女服よりも、美しい装飾が施されたドレスの方が相応しい様に思える彼女だ。
そんな彼女がわたしの侍女的な仕事を引き受けてくれてるらしい。
昨日は城の中を案内してもらうだけで1日が終わってしまった。
行ってはいけない階。
行っても良いけど行かないほうが良い階。
行ってはいけないけど、行っても差し障りのない階。
説明されてもいちいち覚えられなかったけど‥
そんなこんなで忙しかったから、マロンさん本人についてはあまり聞けてない。
わかったことは、マロンさんの年齢と2歳の息子さんがいること、ルールシエルの身内であるということだけ。
出産経験があるとは思えないほど見事なスタイルを持つ、道を歩いてれば老若男女問わず振り返ってしまうような絶世の美女、マロンさん。
ルールシエルをそのまま女の人にしたみたい。
そんなマロンさんを、わたしみたいな小娘の世話係にするなんて‥ルールシエルは何を考えてるんだろ‥?
とは言いつつも、身近にこっちのことについて教えてくれるような人がいてくれるのは、すごく助かる。
マロンさんは、ちょっと言葉遣いはキツかったりするけど悪い人じゃない。
今日は気分転換も兼ねて、外の庭に連れ出してくれるようだ。
城内をうろうろしてても不審に思われない侍女服を、マロンさんに用意してもらったのだ。
ルールシエルが調達してくれた服は、どれも品の良い物ばかりで袖を通すのが躊躇われる。
汚しちゃったらどうしよう、とか。
それに侍女服がなかなか自分に似合ってるように思えた。
むしろこっちのほうが良いかもしれない。
他人に世話をされるような高貴な生活なんて合わないんだと自覚した。
いつも部屋を掃除してくれたり、食事を運んでくれる年配の侍女さんに代わって、ルールシエルの世話をさせてもらおうかな‥なんて考えてる。
なにもしないで生活するのは申し訳ない。
用意された朝食を食べ終え仕度が整ったころ、調度よくルールシエルが帰ってきた。
長いローブを羽織ったルールシエルは、心なしか顔色が冴えない。
緊急の用事が出来たと言って出て行ったから、昨日の朝からずっと仕事してたのかもしれない。
「ルルおはよう。あ、お帰り?」
鏡の前に立つわたしの傍まで無言で歩み寄ってきたルールシエルは、そのまま寄り掛かる様にして身体を預けてきた。
「わっとと‥ルル、大丈夫‥?」
ちょっとだけよろけたけど、そんなに体重をかけてるわけじゃなかったから受け止めきれた。
髪を上げたせいでさらけ出された首筋に、ぴたりと触れるルールシエルの肌が冷たい。
いつもと違う甘い香がふわりと鼻をくすぐった。
「ねえ、」
「うん?」
「なんでこんな格好してるの。僕があげた服は?」
「あ、」
疲れたせいか、ルールシエルの声は掠れている。
耳元で話されると、息がかかってこそばゆい。
‥気づいたことだけど、わたしは多分首とか耳が弱いんだと思う。
マロンさんが、ベッドからわたし達をじーっと見ているのがわかって、なんかもう色々と気まずくなってきた。
「きょ、今日はね、マロンさんに外の案内を頼んだの。動きやすいように‥こっちの服を用意してもらったんだよっ」
「ふーん‥」
我ながらそれらしい言い訳が出来たと思ったけど、ルールシエルからは不機嫌そうな返事が返ってくる。
吐息がくすぐったくて、プルプル震えそうになるのを我慢するので必死だ。
「ね、休んだら?ルル徹夜してたんでしょ?」
視界に入る絹糸の様に細い金髪をそっと撫でれば、ルールシエルはそれを避けるようにわたしから離れた。
「昨日‥汚れたから汚いよ」
「そう?そんなことないよ。いつも通りサラサラじゃない?」
無造作に束ねられていても、質を失わない髪は相変わらず綺麗なのに‥
「あら兄様、自覚なさってるならさっさと洗い流してきたらいかがですの?‥香が残ってましてよ」
無言だったマロンさんはルールシエルを見ずに突然そんなことを言った。
ちらっとマロンさんを見やると、ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべている。
「??」
ルールシエルは、ハテナマークを頭上に浮かべるわたしの前で、罰が悪いような表情をした。
くるりと踵を返し、ささっとバスルームへと向かってしまって声をかけるタイミングを無くしたわたしは、ん?と1人首を傾げるのだった。
読んでくださってありがとうございます!!




