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永久の契約  作者: 由乃
1/15

1_わたし

「‥‥ちゃん、神無ちゃん」


誰かがわたしを呼んでる‥


「起きて、起きてよぉ‥」


起きないし。

うるさいなぁもう‥


声の主は芝生の絨毯に寝転んでるわたしをゆさゆさと揺する。


ちょっと揺すられただけで昼寝から覚めてあげるわたしではない。


3月。


だいぶ暖かくなってきたけど、セーラー服にセーターを羽織っただけの格好じゃ外で寝るのには寒いみたい。


「こんなとこで寝てちゃ風邪引いちゃうよぉ、起きて神無ちゃぁん‥」


語尾をのばすこの話し方は由利恵だ。


「起きてってばぁ‥卒業式で疲れたかもしれないけどぉ‥‥今週はママの手伝いしなきゃなのにぃ‥」


ぷっ、泣きそうな声、かわいい。


わたしが無視して寝たふりを続けてると、由利恵は本気で泣きそうな声で必死に起こしにかかってくる。


由利恵はわたしより1つ年上の、ホームでのお姉ちゃん。


ホームにいる期間としてはわたしの方が長いけど、ここは年功序列制度だから由利恵のほうが偉い立場にいる。


偉いって言い方は変かな。


だから1つしか歳が違わなくても由利恵はわたしの面倒を見なくちゃいけない。


このホームはなんらかの理由で子供を育てられない親が、子供を一定期間預けられる施設になっている。


由利恵は5年前に来た。


本人が言い出さないならこっちからは聞けないけど。両親の離婚が原因だそうだけど、ただ単純な離婚、それだけじゃない理由があるんだろうとわたしは予測してる。


時々見せる、由利恵の曇った瞳の先には壮年期くらいの男がいるから、きっとそうゆうことなんだと思う。


父親の家庭内暴力か、ひどい浮気か。


失礼かも知れないけど、少しだけ由利恵に同情した。


それに比べてわたしはトラウマとかはないからある意味マシなんだと思う。


何て言ったってわたしは物心がついた頃にはすでにホームにいたんだもん。


正確に言うと、6歳くらいまでの記憶が全くない。


ホームのママから聞いたところによると、文字のまんま、そこらへんの道に行き倒れていたらしい。


拾ってくれたのがママで、身元不明・年齢不詳なわたしに“神無”と名付けてくれた。


わたしを拾ったのが10月だから、そこからきた名前らしい。


このホームの名前が三日月荘だから、その名前を借りて“三日月神無”と名乗ってるのがわたし。


いろんな理由があって、元々の苗字を出せないホームの子も、姓を三日月にして生活している。


契約期間を過ぎても親が迎えに来ない場合、高校卒業まではホームで面倒を見てくれて、大学生かそれと同等の年齢になると独り立ちするように決まっていた。


わたしは中学を卒業したわけだけど高校に進学する気もなかった。


だからこれから3年間アルバイトして独り立ちできるようにお金を貯めるつもりなんだ。


ママは交友関係が広いから、そういった繋がりでわたしのアルバイト先も見つけてくれたのだから助かった。


今時中卒でアルバイト雇ってくれるところは多くはないから正直あたしだって不安だったもん。


そんなこんなでわたしはわたしの人生に満足してる。


身体はなんの不自由もないしね。


思い出せない過去も、無理に思い出すつもりもない。


忘れていたほうが良い事、だってあると思う。



そんなどこにでもいるようなわたしという小娘だけど、他のみんなと決定的に違うことが1つだけある。


それはわたしが動物や植物の声が聞こえるということ‥


こうやって静かに目をつむって風を感じてると、囁くような、小さな小さな声が聞こえてくる。


わたしはみんなの囁きを聴くのが楽しみなんだ。


純粋に生きることを喜びと感じてる彼等が愛おしい。


それが動物になると、人間に対する文句を言う賢いヤツもいるから飽きることなんてない。


動物、特に犬や猫の傍でじっと聞き耳を立ててるわたしの姿が他人にどう映ってるかなんて、中学に上がるまで考えられなくて。


わたしはただ近所の奥さん方がする世間話を聞いてる程度にしか思ってなかったけど。


はたから見れば動物の近くでしゃがみ込んで、目をキラキラさせてる変な子、ていう目で見られてたみたい。


友達と遊ぶより生き物たちの声を聞いてる方が楽しかったから、人間付き合いは悪くなる一方で。


いつの間にかわたしは不思議ちゃんのレッテルが貼られてたし、友達と言える子もいなくなってた。


イジメられはしなかったけど避けられてたのは知ってたから、自分から仲間に加わろうなんて無駄な努力はしなかった。


不思議で、奇妙な能力を持ってるわたしが残念に思うのは、彼等の声はわたしに届くのにわたしの声は彼等に届かないってこと。


唯一会話できる動物はわたしが拾った一匹の猫だけで‥


「んぶっ!?」


「こらっ!!起きなさい神無っ。今週は家事当番でしょうが!!」


「うわ‥べちゃべちゃ‥」


なかなか起きないわたしに痺れを切らせた由利恵はママを呼んできたらしい。


く、卑怯な‥


気の強いわたしがこのホームで勝てないのはママだけなんだ。


顔の上に落とされた濡れたタオルを剥がすと、視界には由利恵の近すぎる顔が入ってきた。


「うわわっ由利恵、近い近い!」


「だってぇ。神無ちゃん起きないからお目覚めのチューしちゃおうかなって思ってぇー」


「さっきまで泣きそうな声で起こそうとしてたくせにっ!」そう言って傷つけないように気をつけて由利恵の頬っぺたをにぎぃっと摘むと、由利恵はへらっと笑って言った。


「もう、時間過ぎちゃったからまぁいっかぁーって思って」


「‥いや、ダメでしょ」


「ええダメよ。これから手伝ってちょうだい!20人分作るのは大変なんだからっ。2人とも30分の遅刻よ、時間厳守は決まりなんだから罰則よ」


ほわほわした由利恵の意見にビシッとつっこむママの意見には賛成。


ママを入れてホームには20人の女子がいるわけだから1人で料理をするのは大変だもんね。


でも罰則はめんどくさい。


よっこいしょと腹筋で起き上がるわたしの動作と一緒に身体を起こした由利恵は、むーっと唇を尖らせた。


「さっきまで全然起きなかったのにぃ神無はママの言うことはしっかり聞くんだよねぇ‥しかも罰則なっちゃったよぅ」


由利恵がわたしをジト目で見る。


若干むくれてしまった由利恵は結構イジケやすいタイプだから早めに機嫌をとったほうが良いかもしれない。


「すごく眠かったの。ごめんね、起きれなかった‥」


わたしは座ったままの体勢で由利恵を見た。


この位置ならちょうどよく由利恵を上目遣いに見れるのだ。


つまり計算したぶりっ子で平謝りしてるわけで。


自分的には気持ち悪いんだけど由利恵やママには効果抜群な技なんだ。


自分で言うと惨めになるけど、わたしの容姿はすごく幼く見えるらしくて、なんでも庇護欲とやらを誘うような姿をしてるらしい。


目はおっきいし、やたらと睫毛は長いし。


そのくせ鼻が高いとは言えないからもう童顔一直線。


まぁ中身は少々オヤジ化した生意気な娘なんだけど。


「許して。由利恵、ママも、ごめんなさい‥」


「‥え、ううん!!卒業式疲れたもんねぇ、いいんだよぉ眠かったよねぇ」


はうっと言って由利恵はわたしの頭をなでなでして顔を赤らめてる。


「そ、そうね?まぁ‥まぁ仕方ないわ。ささ、2人とも中に入って?今日は神無が疲れてたってことで罰則は無しにするわ」


手に持った濡れタオルを無駄にパタパタさせたママの、お許しをいただいた瞬間内心ガッツポーズをきめてるわたしに2人は気づいてないだろう。


‥哀れな。


「うんっ!ありがとうママ、由利恵っ」


ばっと立ち上がって勝利の笑みを浮かべたわたしの右手には、ママの柔らかい手が。


左手にはわたしの手より第一関節分大きな由利恵の手が繋がれた。


「早く戻ろっ!みんなのために夕食作らなきゃっ」


「もうっ、神無は調子いいんだから!」


「本当だよぉ‥でも神無の“ごめんね”はかわいすぎるぅ‥。萌え萌えだよぉ」


呆れたように笑う優しいママと、ちょっと思考が脱線ぎみだけど良い子な由利恵と。


ホームで生活する心に影をもった仲間と、我が儘なわたし。


いつの間にか傍にいた黄金色の毛をもつ不思議な猫はわたしの脚に擦り寄ってくる。


みんなが傍にいるこんな毎日がわたしにとって幸せですべてなんだ。


『今日はビーフシチューみたいだね』


リリンと涼しげな鈴の音と共に聞こえてきたのはこれまた可愛らしい高音域の声で。


これはわたしが唯一話せる猫のルールシエル。


ルールシエルという名前はルールシエル本人から聞いたのであってわたしが付けた名前じゃない。


長いからルーとかルルっていつもは呼んでいる。


ルールシエルはどこか金持ちのお宅の飼い猫だったんじゃないかとわたしは思ってる。


金色の毛並みは完璧に整ってるし、アメジストの瞳もすごくキレイで神秘的。


猫にしては大きいから外来種でしかも血統書付きの高級な御猫様なのかもしれない。


話す内容だって人間と同じだし、なんだか行動動作一つ一つに気品を感じさせられるの。


もちろんというか、食べ物もわたしたちといっしょ。


「やった!今日ビーフシチューなんだっ」


「あら、よくわかったわね」


まだ言ってなかったのに、と驚いたように言うママにわたしはルールシエルを指差して言った。


「ルルがビーフシチューだって教えてくれたんだ」


「あぁ、ルーは鼻が良いもんね」


「鼻が良いって便利だねぇ」


この2人はわたしが動物や植物の声が聞こえることを信じてくれて、理解もしてくれてる。


受け入れてくれる人はなかなかいないだろうから、わたしの秘密を知ってもなお優しくしてくれる2人に出会えたことに感謝だ。


「ルル、今日は早く帰ってきたんだね?」


そう問うとルールシエルは大きなアメジストの瞳をわたしに向けた。


『‥あぁ、ちょっと嫌な気配を感じたからね。早めに帰ってきたんだ。カンナと一緒にゆっくり食事を摂れると思うと僕としては嬉しいよ。久しぶりに一緒に寝れるしね』


ルールシエルは可愛い声に似つかわず大人っぽい口調で話す。


時々甘い言葉すらかけてくるものだから驚きだ。


こんな調子でルールシエルとも1年半の付き合いになるのだ。


「ねぇねぇ、ルーは何て言ってるのぉー?」


「えっと、‥みんなと一緒にご飯食べるの楽しみだって」


そのままを伝えたらちょっとばかり問題だから、自分なりに要約してみる。


「ふぅん‥みんなと、ねぇ」


『みんなと、などとは言ってないけどな。君なんかとは特に』


「こら、ルル。そういうこと言わないの」


わたしは由利恵の疑わしげな視線を軽く流したルールシエルの投げやりな言い方を嗜めた。


なぜか由利恵とルルは相性が良くないみたい。


由利恵にいたってはルルの声が聞こえないはずなのに。


「どうせ神無ちゃんとご飯食べたいとか一緒に寝たいとか言ってるんでしょお?猫のくせにやらしい」


‥当たらずしも遠からず。


「あははっ!由利恵にとったらルルが1番のライバルね」


なんでママは由利恵を煽る!


「そうだよぉママ。神無ちゃんがルーに取られちゃうぅ」


「そうよ、猫とはいってもルーはオスだからね。神無を狙ってるかもっ」


「ルーなんかに神無ちゃん渡さないもんっ!」


『なに言ってるの。もともとカンナは僕のだから』


当の本人を蚊帳の外に置いた3人の、テンポ良い会話を聞きながらわたしはやれやれと首を振るのだった。

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