15部屋目 生き汚さのすすめ
大量の水はすっかり引き、急速に夜が白み始めた。108の夜明けである。
「ありがとうね、ナックラヴィー」
「えっへん!」
僕はナックラヴィーを2本指でよしよしして、アストラルに還した。
「はあ~、負けたわ……」
玄武様は、再びダークエルフ女児の姿になっていた。
「でも、帰るまでが遠足でしょ? 魔力も戻ってきたし、いま【ブリザード】したらアナタお仕舞いだけど?」
「大丈夫です。玄武様はそういうことしないんで」
※:ヒエー!
※:全幅の信頼やな
※:そらマジ切れしとったら即可愛がり(当亀比)やし
※:バーさんを本気で怒らせたら大したモンだ
玄武様は失笑した。
「そうよねぇ、戦い終わればノーサイド。いろんな人間と遊びたくて1階に構えたんだもの。多少の煽りは、お楽しみの範疇よ」
※:ゆうべはお楽しみでしたね(意味深
※:ああこれアレだ、孫帰ってきたときの田舎の婆ちゃんだわ
※:オレら孫だったのかw
※:俺が、俺たちが孫なんだ!!
「だけど意外ねぇ。アナタみたいな子が激怒パターンに挑むなんて」
「確実なクリアを優先させました。申し訳ございません」
「ああ、理由を知れば納得よ。大事な人たちのためなんでしょ? 痛いほど分かるもの」
「それは……玄武様も?」
「ええ。大昔のワタシは、仲間を守る強さに憧れた、小さな【夜顔】だったのよ」
玄武様は、消えゆく月に目を細めた。
「群れのみんなを助けたくて、苦労の末に玄武のオーブを手に入れたわ。念願叶って、その後はみんなを守りきれた。けれども、心は弱いままでね。『月日』という最強の敵は、緩やかにワタシ以外を流し去り……、別れを見過ぎちゃったのよ」
玄武様は寂しそうに笑った。
「気付いたら、ワタシひとり。――もちろん、異界の始まり頃に思うままの道を進んだこと、後悔はしてないわ。四神っていう、それなりに長い腐れ縁もできたしね。けれど、他とは違う時間軸を生きつつ、なおも他者と関わるのは……、孤独を覚えるの。良き出会いを経るたびにね」
※:Oh・・・
※:バーさんに悲しき過去……
※:早々にフリーレーンか
※:長生き=多くの別れを経験やもんな
「そうね……。『水清ければ月宿る』って言葉にならって、年寄りのお節介を1つだけ」
玄武様はスッと人差し指を立てた。
「――アナタ、自分を大切になさい」
「えっ」
「ふふっ、言ったでしょう? 痛いほど分かるって」
顔は若いのに、微笑はとても老成して見えた。
「アナタが誰かを想うように、アナタも誰かに想われている。――とくにアナタの場合、誰かのために自分を捨ててしまえる人だから。かつてワタシの危機を救ってくれたのは、アナタみたいな優しい子だったから」
「玄武様……」
制服のボタンにそっと指を置かれた。
「ねえ、覚えておいて? そんなアナタが残ることで、まだ見ぬ誰かを大勢助けられるの。消えたらオシマイ、もう助けられないの。――無様でもいいじゃない。生き汚くなりなさい」
「あ……ありがとうございます」
「ふふっ、まだピンとこない? いいのよ、これはオマジナイの類だから」
いつしか暗かった空は、始まったばかりの青へと場所を明け渡していた。
「さっ、湿っぽい話は終わり! アナタ、このあとは? 108では半日経過した扱いだから、中庭の骸骨ちゃんが仲間を呼び放題よ~?」
「大丈夫です。もうじきエレベーターで強い子が……あ、来ました」
入ってきたドアの前に、エレベーターがドンッと出現した。扉が開くと、赤黒コーデのお嬢様が扇子でパタパタしている。
「オーホホホ! 無事に倒せたようね~、薫子ちゃん!」
「うん。そっちはどうだった、千桜さん?」
「えへへ、バッチリ! あたしの火力は飛行目玉にも通用したわ!」
※:祝☆目玉焼きOK!
※:【連結】も無事成功やで!
※:さすがのパパ・パワーで草薙生える
【連結】をしたパーティーは、異世界でも同じ時間軸への転移となる。逆にこれがないと、探索中に他の冒険者と巡り会うのは至難であった。
「薫や」
ジニーは異世界つっぱり棒で肩を叩いていた。
「お主はこのあと、109で【盾】の強化じゃな?」
「うん。そっちは廊下の骸骨に気をつけてね」
「そうじゃな、桐山とウニッコもおらんし」
「あー。お二人はもう、【瞬間移動】で撤退済み?」
「フッ……、集中砲火を食ろうてのお。ギリ死亡回避じゃが」
※:テラ不憫w
※:こりゃ参ったぞう
※:なーに、4ななきゃ安いべ
※:セ……セフセフ(震え声
お嬢様たちとエレベーターの乗り手をスイッチした僕に、玄武様が手を振ってくれた。
「アナタの願いが叶うこと、心から祈ってるわ」
「ありがとうございます」
「あ、そうそう。十字で高飛び込みした愚か者に言っといて? 次に会ったら【ブリザード】だって」
「ははは……了解です」
※:出禁で草
※:(罵倒を許す気は)ないです
※:ナメクジの 行けない部屋が またひとつ――
※:胴打つケモノ? NO,ウツケ者
スマホの映像に切り替えた僕は、みんなに見送られるなか109へと転移した。広大だった108から打って変わって、4畳半ほどの小さな洞穴である。
――――――――――――――――――――
109 祭壇
・祭壇の上で呪文を使い、進化させる。
――――――――――――――――――――
――ついに辿り着いたね。
中央には、座布団大の銀タイルが光っていた。
伸縮式の異世界つっぱり棒でドアをホールドした僕は、タイルの上に立つ。
「【盾】」
指先の青い光が弾けるや、呼応するようにタイルの光が強くなった。
※:成功ヨシ!
※:【盾】→【強大防御】(NEW!
※:108への案内も出たでー
※:↑玄武ルームに逆戻りやし帰還でおk
「皆様、本日の目的は達成です。応援ありがとうございました」
※:88888888
※:成功祈ってるで~!!
これで、明日の813に必要なものは揃った。
◆ ◆ ◆
多謝をしてミツオ隊長と別れた僕ら学生組の3人は、ファミレスで千桜さんとジニーの2人を待っていた。
「813って、やっぱり最難関だよね」
僕はAtubeを再生した。今回のサルベージの発端となった、兄貴パーティーの断片的な記録である。
ミツオさんの【水晶球】が幾度となく壊され、廃墟の町並みは途切れ途切れの映像だ。それでも、他の人ではヘイトを稼ぎすぎ、【分解】による強制リタイアの餌食である。
ミツオさんが丁寧に撮影のオンオフを切り替えて、なおも恐いのが赤ゲイザーだ。
「他にも、【石化】で強制リタイアの黒、【地震】の茶色、【ブリザード】の青、【魔力枯渇】の紫……。対策なしだと毒攻撃もしてくるし、厄介だね」
「へっ。そんでまァ防御呪文の出番っつーコトだが、【盾】の消費がデカいんだよな?」
「うん。ゲイザーは攻撃力が高いから、貫通されないように分厚く張りがちだったんだ」
各色での呼び名こそ違うが、削られたら張り直すのは同じだ。高層階へ進むほど、その魔力消費は厳しくなる。
「つーワケで、SSが3人いても魔力不足に陥ってたんだな。――だが、今は違う!」
ギュッと手を握ったQは、バッと僕に開いた。
「ここにカオル・キクチがいる! 【強大防御】はメッチャ軽いからな!」
「ん。兄貴が目指してた答えの1つだろうね」
僕の魔力だと、【ナックラヴィー】を本来の巨体で出せなかった。
そこで。
「プランBとして、最小で撃っても必ず防げる【強大防御】を選択だよ」
「ねえ、菊知くん? でもソレ、他人に撃てないのが致命的よね。【盾】はもう使えないんでしょ?」
従来の109では、自分に必中する強化呪文を進化させるのが定石だった。青の利用者も、ほとんどが前衛である。
「まあ、菊知くんなら、813では撮影役がこなせるわね。引き付けたゲイザーに【強大防御】でいいんだし」
「うん。僕はそっちもやるよ」
「――待って。『も』って、どういうこと?」
「みんなにも張るんだ。この呪文、『命中補正が消える』ダケだから」
「ダケって……。他の人へは、全部手動で当てる気!?」
「そこは集中力でカバーだね。『魔力消費の少なさ』を最優先だよ」
「はぁ……、フツーは正気を疑うけど……。菊知くんが呪文を外したところ、見たことないのよね」
猪尾さんは、感嘆とも呆れともつかないため息をついた。
「じゃあ、菊知くんはこれから、【強大防御】の練習?」
「うん。進化した呪文のクセを見るために、まずは的撃ちかな」
と、そのとき。
「あ、菊知くんいたーっ!!」
「おったわー!!」
千桜さんとジニーが賑やかに入ってきた。
「ンも~う! あのあと廊下に出たら、メチャクチャ骸骨がイッパイでね!? バイオリン骸骨の〈指揮〉が、チョー鬱陶しいったら!」
「んむんむ! 凄腕のワシらでも、倒すのは骨じゃったわ!」
そこで、ムフーッと胸を張るジニーと千桜さん。――骨休めには丁度いい緩さだろう。
僕らは、今までの話を手短に伝えた。
「ぬぅ~む。つまり薫は、家で的当てを希望なんじゃな?」
「うん、時間いっぱい撃てるからね」
「ふ~むむむ……」
ジニーは横を向き、下を向き、そして再び僕のほうを向いた。
「ば~~~~っかじゃねえの!?」
「そんなに!?」
「き、菊知くん……」
千桜さんが曖昧に笑った。
「フツーは菊知くんほど、ストイックになれないのよ」
「えっ」
「あたしもね? 菊知くんのチャンネル動画は全部見てるけど、変化のないトコは飛ばし飛ばしだからね? 何時間も耐久で的当てとかは……、ちょっぴり、キツイかな~って」
「ん~、それなら……」
「あ、『あたしたちは待機で、菊知くんだけお家で的当て』とかは、もっとナシね」
「――あー」
「んむんむ。明日は、動き回る仲間へ【強大防御】を当てねばならんのじゃろ?」
ジニーは胸を叩いた。
「そこでじゃ。動くワシらを的にせい」
「あっ……」
どうやら、またやってしまったらしい。
こうした認識のズレは、たまに兄貴ともあった。延々と自宅で、あるいは104や289で練習中に、「なあ薫。お前、本当にキツくないか?」とナゼか心配されたから、今の千桜さんみたいなやりとりを交わしていた。
「みんな……ありがとう」
「へっ、相棒よォ~。裏ではお前、『アリアハンでアバカム』とか言われてっからな?」
「Qの言葉の意味は分からないけど、『コツコツやる事にありえないほどの労力を使ってる』と思われてることは分かった」
「んむ、いいんじゃよ。人それぞれじゃ。――お、ワシ今いい事言ったかの? 大人の魅力が滲み出てしもうたか」
「へっ、幼女が何かほざいてるぜ」
「違うわよ。ジニーちゃんは、背伸びしてる感じが魅力って言ったのよね?」
「おQとくるみ……お主ら、【ウィンドカッター】をくれちゃろか!」
笑いに包まれるなか、決意を新たにした。
――明日。僕らは813で、兄貴を取り戻す。




