第二話 草原を越えて
丘を下りてしばらく歩くと、道はなだらかな草原へと続いていた。
背の低い草が風に揺れ、足元でさわさわと音を立てる。
空は広くて雲は高い。
王都までまだ距離はある。
でも、おとぎ話に出てくるような綺麗な城と街があと一日ほどの距離にあるんだ。
それが少しだけ嬉しかった。
歩きながら僕は自分の影を見る。
マントの裾が揺れ、背中のバックパックが小さく跳ねる。
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僕の家は代々旅をする楽団の家系だった。
国に縛られず、街に留まらず…
世界中を巡って歌い演奏しながら生きていく。
それが当たり前の生活だった。
幼い頃はいつも一緒だった父の弦楽器の音色や母の歌声、
兄と姉の軽やかな足音。
でも…ある日。
いつもの旅の途中で黒い服を着た集団に襲われた。
理由はわからない。
今もわからないままだ。
ただ気がついたときには、
音が消えていた。
叫び声も演奏も全部。
そして、僕だけが生き残っていた。
たぶん……
体が小さかったから気づかれなかったんだと思う。
茂みに転がり込んで、
息を殺して見つからないよう、ただ震えていたのをうっすらと覚えている。
その日から僕はひとりになった。
裸足のままでなんとかたどり着いた場所は魔法国アージェントだった。
天まで届きそうなほど高い巨神木がある古からの大都市。
“大地の巨人”と呼ばれる山のような巨神木、その根元の街で僕は生きるために何でも屋の見習いとして暮らしていた。
荷運び、掃除、修理、靴磨き、頼まれごと。
毎日を生きるだけで必死だったから、いつしか歌うことを忘れてしまっていたんだ。
でもある日、なにげなく大地の巨人に話しかけるようにふと歌ったんだ。
誰に聞かせるでもなく、ただ風に声を乗せながら…。
そのときだった。
背後からふいに落ち着きのある女性の声と共に拍手が聞こえた。
「良い声だ」
それが師匠との出会いだった。
吟遊詩人。
世界を渡り歩く”風の人”。
師匠は多くを語らない人だけど、たくさんのことを教えてくれた。
僕が過去を思い出して泣いたときには、いつも優しく抱きしめてくれて温もりをくれるんだ。
そんな師匠と数年一緒に過ごしたある時、 一つの試練を与えられたんだ。
「リヒトニアへ行って、自分の音に合う楽器を作ってもらいなさい」
「でも…僕にはこのアコースティックギターの”音猫ちゃん”がいるよ?」
「そのギターも悪くないけどあくまで初心者用の楽器だからね。そろそろジニアには一人前の吟遊詩人が使う楽器が必要だ。」
「僕が…一人前?」
「といってもまだまだ半人前だけどね」
そう言いながら師匠は上品に笑いながら僕の頭をわしゃわしゃ撫でてくる。
「でも一人旅をしてリヒトニアにつく頃にはきっと一人前になってるさ」
「えぇ!!?僕…あんなに遠い国までひとりでいけないよ!?」
「私の弟子なんだから大丈夫さ。小さい頃から聖王都を見てみたいって言ってたでしょ?」
「それはそうだけど…」
「楽器のことは私の知り合いに話をしておくからさ、行ってきな」
優しく微笑みながら師匠がぎこちなくウィンクしてハーブティを一口飲んだ。
……それがこの旅の始まり。
二か月前に僕は初めてひとりでアージェントを出て国境を越えた。
ワクワクな気持ちと不安が今もずっと胸の中で一緒に揺れている。
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草原を抜け林に入ると木陰が涼しくて心地よかった。
ちょうど昼どきで僕は荷を下ろし、腰を下ろす。
そのとき…足音と気配がした。
「お、また旅人だ」
振り向くと岩陰の向こうに数人の旅人たちがいた。
雰囲気はばらばらだけど不思議とまとまっている。
……それと野生のフェレットも?
小さくて素早くて人懐っこそうな目をしているフェレットが、岩陰から顔を出したり引っ込めたりしてこちらを見ている。
「僕もここで休憩していいかな?」
僕の言葉に旅人たちは頷き、気付いたら自然と輪ができていた。
誰かがパンを出し、誰かがスープを分けてくれる。
フェレットは僕の足元を走り回って時々、僕の猫耳に興味津々で近づいてきた。
僕はフェレットを捕まえて小さなもふもふの耳をなでる。
「この触り心地さいこ~♪」
多分…僕は今、すごくだらしない顔になっていると思う。
耳を撫でられているフェレットは気持ちいいと感じてくれてるのか、頭をグリグリと僕のおなかに擦っている。
「野生の動物に好かれるとは…あんたもしかして吟遊詩人?」
そう聞かれて僕は少し照れながら頷く。
「まだ新米だけどねっ」
なぜか動物に好かれやすい吟遊詩人が多いので、動物に好かれる人は吟遊詩人の素質がある。
もしくは現役の吟遊詩人である場合が多いみたい。
「若いのにかっこいい生き方してんなぁ~」
旅人の笑い声が林に溶ける。
僕たちはお互い名前を聞かなかった。
でも不思議と安心できる居心地のいい空間。
旅の途中で初めて出会った旅人たちと話しながら、こうして一緒に昼ごはんを食べる。
それだけで世界のやさしさに少し触れることができた気がする。
別れ際、誰かが言った。
「またどこかで会おうな」
「うん、またねっ」
僕はうなずきながら返事をして胸に優しい言葉をしまった。
風が吹く。
草が揺れ林がざわめく。
白銀の城はまだ遠い。
でも――
この旅はもうすぐで一段落する。
僕は荷を背負い、また歩き出した。
風の歌を胸の奥で静かに紡ぎながら。




