第一話 猫耳僕っ娘の吟遊詩人
小高い丘の上は思っていたより静かだった。
草の先が風に押されてゆっくり揺れる。
それ以外に音はない。
僕はそこで足を止め、しばらく言葉を忘れた。
遠くに見えるのは白銀の王都。
大陸の中心部に存在する『聖王都リヒトニア』
王都の中心にはひときわ大きな城がそびえている。
白銀に輝くその城は朝の光を受けて静かに光り、
遠い距離からでもまるで空そのものを支えているみたいに見える。
その周囲を巨大な石壁がぐるりと囲んでいる。
何層にも重なる厚い城壁。
積み上げられた石は長い年月を経てもなお揺るがず、
この街が守られてきた時間の重さを物語っていた。
「わぁ…すごいなぁ」
思わず声が漏れた。
すべてがひとつの秩序の中に収まっている。
猫耳の娘が立っている場所からはまだ見えぬ聖王都の内側だが、
それでも容易に想像できた。
人々のざわめき…行き交う馬車の音、
石畳に響く足音と色とりどりの旗。
この堅牢な城壁の内側にはにぎわいと秩序。
城へと続く大通り。
そして長い平和に守られた豪奢な街並みが広がっているのだろう、と。
朝日できらめく白金色の髪の娘が幼い頃から何度も思い描いた景色。
想像していたものよりも…ずっと大きかった。
故郷アージェントを出てから二か月。
山を越え街を渡り…毎日のように野営もした。
ブーツの靴底は擦り切れ、マントの端は色を失っている。
それでもここまで来た。
猫耳に冷たい風が触れる。
自然と耳がぴくりと動いた。
胸の奥がじんわり熱い。
嬉しさ、そして少しの緊張。
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この街は僕にとって特別なものになりそうな予感がした。
昔、故郷の村に立ち寄った旅商人が話してくれた。
白銀の城を戴く聖王都。
世界のさまざまな音が集まり人が交わる場所。
吟遊詩人なら一度は訪れて歌うべき場所だって。
その言葉をずっと信じてきた。
「……来ちゃったな」
風に向かってそう呟く。
返事はない。
でも風は止まらない。
この遠くにある丘の上からでも街の音が届いてきそう。
石壁の内側で聖王都が目を覚ましていく気配を…感じた気がした。
僕は背負っていた愛用の魔導具でもあるバックパックからギターを取り出し膝の上に置いた。
演奏するつもりはなかった。
ただ触れていたかった。
ふと弦に指が触れたとき、
ちょうど風が吹いて音がかすかに震えた。
……ああ。
あの街にはきっとたくさんの歌がある。
まだ知らない歌。
まだ出会っていない人。
まだ紡がれていない物語…。
「よしっ!」
もう一度だけ脳裏に焼き付けるように白銀の城を見た。
丘から眺められるこの綺麗な景色を胸に刻むために。
「まだ先は長いっ」
そう言って僕は再び歩き出した。
巨大な石壁の向こうへ行くために。
爽やかな風と一緒に…
まだ初々しさが残る吟遊詩人ジニアは、髪の色と同じ白金色のしっぽと淡い砂色の巻きスカートを楽しそうに揺らしながら旅を再開した。




