前年の冬休み前日
現代では占いを好む人もいれば、好まない人もいる。
それでもたくさんの種類の占いがあり、どんなものかというのはそれなりに知られているだろう。
何かとてつもなく気になる事があり、それに対するアドバイスやどうなるかと言った未来を知りたい。それはずっと昔からそうで今もそうだ。
けれど、この十二一族はそうじゃない。
別に占いをしてはいけないという縛りはないし、禁止されてもいない。
スピリチュアルが好きならそれでも良い。
けれど、一番いけないのは『十二一族の主を裏切らない』だ。
人が多く住む街から車で約三十分離れた山の奥にその学校はあった。
幼小中高一貫校である藤司学園だ。
そこに通う高等部一年生になる堅物そうな少し平均身長よりも高い男子、正治律芹は生徒会書記としてそこに居た。
時刻は皆さん、今すぐ下校しましょう! お迎えの車はもう待っています! と自由な放送部の放送が入る間際。
明日から冬休みという日。
校舎から少し離れた所にある藤司学園の生徒会に所属する者と一部の園芸部員、家庭科部員しか出入りができない庭園に彼も一人でやって来た。
その容姿を見れば誰もがにこりと微笑んでしまいそうになる。
藤司学園中等部生徒会会長である二年生の男子、宮司楓真。
平均的な身長より若干小さいだけなのに、そのおかっぱ頭のように見える立派な黒髪が美しく、可愛らしいお顔はいつも笑顔であふれていて、口調も表向きは軽やかで良い感じと来ればだ。
だが、自分はそうならないと律芹には分かる。
何故なら、自分は『十二一族』の中でも一番下の方になる和風月名の一人であり、自分の目の前でその学年を物ともせず「お待たせ」と軽やかに言った宮司楓真はその十二一族の次期当主だ。
そんなこととてもじゃないができない。
いや、してはいけない。
「今日は誰も居ないね」
辺りを見回して言う楓真に律芹は当たり前だと思った。
自分が呼び出しておいて、こういう風にしたのに。
「お茶を飲みながらもできなさそうだね、二人だけじゃ」
「ええ、そうですね」
きっといつもの感じならそれも出来ただろう。
誰が用意したのか、この庭園と呼ぶべき中央には青銅色のお洒落なアンティークのようなモザイク柄のガーデニングテーブルセットが一つあり、好きに使って良いのだが、そこに座るのは決まって彼であり、待っていましたと言わんばかりに家庭科部の部長か副部長、またはお茶を淹れるのがとても上手な部員が給仕となって、彼をもてなす。
それはとても優雅な時間だ。
自分の好きな紅茶の話をして、淹れてもらった美味しい紅茶と家庭科部の手作り菓子のクッキーやらを飲み食いして時間を潰し、向かいの空いている席に誰かを座らせることなくこの場を後にして、家に帰ればそれが許されない為に茶道部よろしく、日本茶と和菓子か煎餅でもってその静かな時間を潰すのだ。
自分とは違う存在だというのは誰彼ともなく解っているからこその行動であり、認めてしまうのは藤司学園が宮司家とも繋がりがあるからだろう。
さて、そんな彼から今回はどんな妙案が飛び出して来るのか。
内心どぎまぎしながらも律芹は堅物らしく物怖じせずにそれを待つ。
それが正治家の特徴だ。
「君はこの庭園が嫌いだったね?」
突然そんな事を言われては困る。
確かに自分はそうだが、今は関係ない。
「何故それを?」
「いや、この庭園は限られた皆の力で成立している。協力し合わないとここまでにはならない」
そうだ。
園芸部員はこの庭園の維持の為に、家庭科部は楓真の為に居るようなものだ。
それにここは人目に触れぬように緑のカーテンでぐるっと囲われていても、薔薇の季節が来れば、いくつもの美しい薔薇が咲き誇り、そうはしてられぬと匂い立つ。
他の花もそうだ。
その時期が来れば、その匂いを漂わせて咲き乱れる。
色とりどりに。
その香りに最初の頃はクラクラと来たものだが、もう慣れた。
けれど、ここが嫌いな理由はちゃんとある。
「ボクはね、この庭園が大好きなんだ」
「そうですか、オレはやっぱり好きになれそうにありません」
「まだ?」
平然と言って、少し笑った。
自分は何年ここに居るのかと問うているようだった。
「それでもここは良いよね」
そう言って楓真はにこやかに気分良くしている。
あの楓真が、何故? と聞きたいけれど言えなかった。
鈍い人間は確か嫌いなはず。
場所が場所なだけに生徒会であろうとするのがいけないのだろうか。
楓真のように生徒会なんて関係ない。十二一族の事で来たのだと思えば良いのだろうか。
誰もが自分よりも上の立場の者をもてなす為にピリピリしていて居心地が悪いここを楓真は好きだと言う。
その心は何だろう。
けれど探りはしても言いはしない。
けして声でそれを求めない。
それはある意味でここでは生きてはいけないことになる。
間違ってそんな事をしてみれば、すぐに自主退学だろう。
そうなるのは誰もがそれを許さないからだ。
たとえそうしてこの関係からすぐに逃れられて、楽になれるとしてもだ。
この秘密を守ることこそがその部活に入る第一歩となり、守れなければすぐにそれを実行せよと生徒会の方から言われるというような嫌な噂があるくらいには根深い因果がそこにはある。
だから嫌いなのだ。
この庭園を好きになれない理由だ。
それを言えば理解されることはないと律芹には解るからこそ何も言わずに堅物そうに本題が来るのを待ってしまうのである。
「まあ、落ち着いたかな?」
やっと分かる時が来た。
「君に来てもらったのは他でもない。来年の事を決めたよ」
それはとても興味深く、胃が痛くなりそうな話だった。
「色鬼だ」
「え?」
「来年は色鬼にしようと思うんだ」
言葉が出ない。
それはあの鬼となった者が言った色と同じ色を触ると捕まらないとかそういう遊びのことだろうか。
何も言えずに驚いた顔をしている律芹に楓真は平然と言い続ける。
「ずっと言っていたんだ」
誰に? と律芹は尋ねなかった。
答えは一つしかないからだ。
「そうですか……」
彼がそうする相手はこの世で一人しかいない。
自分の父親だ。
バカな質問だと言われない為にも解っている答えを聞かずにその答えの意味を聞いた。
「何故それに?」
「父さんがね、それは良いと言ったんだ」
だからだ――それ以上の答えなどない。
「では、来年はそれで」
「ああ、頼むよ」
それ以上の会話は二人になかった。
後の事はまた追々連絡すると言って楓真はスタスタと行ってしまった。
残されても困ると律芹ものろのろと歩き出した。
追い付いてならない。
それがお互いの関係性だった。
律芹は高校生で楓真は中学生。
そんな簡単な関係性ではないのは重々に承知している。
二人の間にあるのは現代における高校生と中学生ではない。
同じ男として生まれながら違いがあり過ぎるのは『十二一族』としてこの世に生まれたからだ。
本家となった分家の者と養子として生きる祖父を持った正治家に生まれた者の差だ。
敬わないといけないのはどちらか。
その答えは明白だ。
本来そうするべき宗家は今、機能していない。
それを引き受けたのは楓真の父、宮司澄成の先祖である。
だからこそ、宮司家は分家でありながら本家となった存在なのだ。
これはきっと仕えるというのに似ていると思う。
けれど、そこまでしっかり仕えてはいない。
他もそうだろう。
今の世ではあってはいけないものに感じるが、それをなくさせないと古からの『十二一族』の繋がりがそうさせている。
宗家だけ現代に取り残されたくないと逃げた。
それで終わりになるはずだったのに、そうはさせないとしたのはやはり古から続く『十二一族』としての誇りか何か、また始まったこの流れに身を任せ、人はまたこの一年を良くも悪くも生きて行く。
ただそれだけのことだ。
たとえ、それで失うものがあってもきっとそれはまた何かしらの希望になるのだろう。
そう思って律芹はその日の最後の一人の生徒として校門を出た。
そこには一人の同級生の女子が待っていた。
名は左利苑果。
目立たない性格をしているが、その容姿はとてつもなく輝いて見えるのは十二一族の蠍座特有のものだろうか。
何代か前に外国人の女性の血が入り、そのせいで色白金髪、目立つ容姿になったと彼女は言っていた。
そう、十二一族の間柄なんて幼馴染であってもこんなものだ。
詳しくは知らない。
それがずっと続いている。
それなのにずっと一緒にいる。
そういう関係なのだ、今の『十二一族』は。




