リディール・セア・メッチャツオイと他国の王族②
「まさか、リディールがユリィ様と会っていたとはな……」
お父様が眉間を抑えながら呆れたような顔で言った。
私もまさか会ってたとは思わなかった。
「ユリィが城下でとっても気が合う子と会ったって言ってたのですが、まさか王女様だったとは」
「ね、本当にびっくり」
「ユリィ、私も連れてってくれればよかったのに〜」
「セシリアは公務をやりなさい!」
おー、噂通り仲がいいな。
ん?
もしかして……。
「ねぇ、ユリィ。もしかして、千年の眠りについたのって……」
「私とイアンのことだよ」
まさかご本人様だったとは……。
「全員スパダリだな……」
私は思わずそう言ってしまった。
あ、しまった。
この世界にはスパダリなんて言葉は存在しない。
たまに私は「スチルにしたい」とか呟くから、お父様はまた始まったという顔をしている。
しかし、なんでだろう。
なんで目の前の四人はこんなに目を輝かせてるんだろう。
え?
本当になんで?
「そっかそっか、スパダリかぁ」
ん?
「……で、そのスパダリとはどういう意味なのかしら?」
セシリア様がニコニコしながら首を傾げた。
その笑顔は、優しいんだけど逃げ道を完全に塞いでくるタイプのやつだ。
「あー……えっと……その……」
終わった。
完全に終わった。
異世界に存在しない概念を説明しろとか、詰みでは?
ユリィが一歩前に出て、興味津々といった様子で私を見る。
イアン様まで腕を組んで頷いている。
「ほ、褒め言葉の類だとは思うけど……」
四人全員が前のめり。
なんでだ?
なんで全員そんなに期待の目なの?
私は観念して、咳払いをした。
「……完璧超人、みたいな意味です。人格、能力、地位、全部そろってる理想の人、的な」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「あら嬉しい」
「そっかそっか、完璧超人かぁ」
全員、満更でもなさそう!?
いやちょっと待って?
そんな素直に受け取る!?
「ユリィ、あなたそんな評価をされるほど素敵な方と出会っていたのね」
「えへへ。リディールもとってもいい子だったよ」
ユリィが私を見て、ふわっと笑った。
ダメだ、この人。
千百年生きてるくせに破壊力が衰えてない。
『面白いことを知っちゃったね、琴葉』
『そうね、菜乃葉』
え?
日本語……?
セシリア様とユリィの会話を聞いて、嬉しそうに笑ったギディオン様は真剣な顔つきになって、お父様の目を見た。
「さて、エルヴィス殿。一つ提案がある」
「何でしょう」
「我がアスクレイン王国と貴殿のメッチャツオイ王国の国交を樹立したいと考えている」
「ほぁっつ?」
お父様の口から、王としてあるまじき声が出た。
私も驚いたけど、まさかお父様のほうが情けない声を出すなんて。
「こ、国交ですか?」
「正式な、ね?」
ギディオン様は頷いた。
その表情は冗談の欠片もない。
さっきまでの朗らかさは影を潜め、そこにいるのは一大国の王だった。
「我が国は長らく、特定の国と深い関係を結ぶことを避けてきた。不老不死という特性ゆえ、周囲との軋轢を生むことも多かったからな」
……それは、聞いたことがある。
アスクレイン王国は強い。
しかも、エルフ族ではないのに不老不死になる魔法を開発し、永遠の命を得ている。
だからこそ孤立している。
「だが……」
ギディオン様の視線がふっと柔らかくなり、私とユリィを一瞬だけ捉えた。
「時代は変わる。これもきっかけの一つかもな」
嫌な予感しかしない。
「今回の訪問は、噂のリディール王女を見るのが目的だったが、我々は正式な国交樹立。そのための友好条約を結びたい」
応接室が静まり返った。
お父様は腕を組み、深く考え込んでいる。
……いや、これは考えるまでもなく、とんでもない話だ。
「……理由を伺っても?」
お父様がそう言うと、セシリア様が少し身を乗り出した。
「単純な理由よ、エルヴィス殿。私達は信頼できる相手とだけ、国を繋ぎたいの」
セシリア様の視線が、私に向いた。
「あなたの娘さんを見て、確信したわ。この国は信用に足るって」
……待って。
評価基準は私なの?
「え、あの」
思わず声が出る。
「私、今日城下で遊んでただけなんですけど……」
「そこがいいのよ」
やばい。
セシリア様怖い。
「立場に甘えず、人として人と向き合える」
「それができる王族のいる国なら、大丈夫でしょう?」
お父様がちらりと私を見る。
その目は少しだけ誇らしげだった。
……やめて。
プレッシャーが重いぃ……。
◇◆◇
その後、なんやかんやで。
本当になんやかんやで、大国アスクレイン王国との国交が正式に樹立し、さらに友好条約まで締結された。
……早くない?
早すぎない?
会談、書類、署名、式典。
私は途中から「流れ作業かな?」って思い始めていた。
ユリィ達は一週間メッチャツオイ王国に滞在した。
その間、私はというと、式典に同席し、視察に同行し、なぜかユリィの隣に立たされ、象徴だの、架け橋だの、物騒な単語を浴び続けた。
……私、ただ城下で遊んでただけなんだけどな?
そして今日は、帰国の日。
王城の正門前。
整列した騎士団、見送りの貴族達。
完全に国家行事だ。
「規模、大きくない?」
私は小声でユリィに言った。
「今まで一国としか国交を結んでいなかった国との国交樹立直後だもん」
ユリィは苦笑する。
「それに、私達が帰るだけで式典になる国もすごいよ」
それはそう。
アスクレイン王国の馬車がゆっくりと準備を終える。
ギディオン様とセシリア様とイアン様が先に挨拶を交わし、最後にユリィが私の前に来た。
一瞬、周囲の音が遠くなる。
「……短かったね。体感、三日くらいだったなぁ」
「分かる」
二人で小さく笑う。
「リディール」
ユリィが真剣な目で私を見る。
「次は、私の国に来てよ。ちゃんと、正式に招待するから」
私は一瞬だけ考えて、それから肩の力を抜いて答えた。
「うん。行く」
ユリィの表情がぱっと明るくなる。
『約束だよ!』
そう言って、ユリィは小指だけを立てた手を差し出してきた。
そして、「約束」と言った言語は、間違いなく日本語だった。
この世界に指切りは存在しない。
そっか、あなた達もなんだね。
私はユリィの小指に、自分の小指を絡めた。
『うん!約束!』
この世界に指切りはない。
それでも彼女は迷いなく差し出してきて、私は迷いなく応じた。
それ以上は何も言わなかった。
言わなくても、分かってしまったから。
馬車が動き出す。
私は王女として正しく見送り、馬車が見えなくなるまでそこから動かなかった。




