2話 弁当の温もり
放課後の校門を出るとき、悠斗はいつものように葵の隣に立っていた。校門の外には部活帰りの生徒たちが群れ、笑い声や自転車のベルが響いている。葵の周りには、好奇心と下心が入り混じった男子の視線が絶えない。声をかけようとする者もいるが、悠斗が隣にいるだけで、その視線はすっと引いていく。チャラい見た目の彼が「彼氏」だと思われているからだ。悠斗自身は軽口を叩きながらも、その役割を真剣に果たしていた。葵を家まで送り届けることが、彼なりの「守る」という行為だった。
悠斗は、葵が一人で歩いているときに何度も男子に声をかけられているのを見てきた。軽い冗談から始まり、しつこく連絡先を聞こうとする者もいる。葵は毅然と断るが、その度に疲れたように肩を落とす。そんな姿を見ているうちに、悠斗は「隣にいるだけで守れるなら、それでいい」と思うようになった。彼のチャラさは、皮肉にも葵を守る盾になっていた。
しかし、その付き添いには代償があった。電車賃でお小遣いが減り、昼休みは購買部でパン一つを買うのが精一杯。教室のざわめきの中、悠斗はパンをかじりながら、いつものように笑顔を崩さない。友人に「またパン?」とからかわれても、「俺、パン好きなんだよ」と軽く返す。けれど、その笑いの奥に少しの侘しさが隠れていることを、葵は見逃さなかった。
葵は、悠斗が自分のために犠牲を払っていることに気づいていた。彼女は上品な仕草で友人たちと談笑しながらも、視線の端で悠斗の昼食を見ていた。パン一つを机に置き、何気なく食べる彼の姿。その背中に、静かな献身が宿っていることを理解していた。
翌日の昼休み、悠斗がいつものように購買部のパンを机に置いたとき、葵がそっと包みを差し出した。「これ、食べてみない?」包みを開けると、色鮮やかな弁当が現れる。卵焼き、照り焼きの鶏肉、彩り豊かな野菜。机の上に広がるその光景は、昼休みのざわめきの中でひときわ鮮やかだった。
悠斗は驚いたように目を見開いた。「お前、わざわざ作ったのか?」と声を漏らすと、葵は少し照れたように笑って「……気づいてたの。毎日パンだけじゃ、つまらないでしょ?」と答えた。彼女の声は柔らかく、けれど真剣さがにじんでいた。
悠斗は箸を取り、卵焼きを口に運ぶ。ふわりとした甘さが広がり、思わず笑みがこぼれる。「うまい。……なんか、守ってるつもりだったのに、俺が守られてるな」その言葉に、葵は静かに頷いた。「友情って、そういうものじゃない?」と柔らかく返す。
周囲のクラスメイトはざわついた。「やっぱり付き合ってるんじゃない?」と囁く声が聞こえる。だが二人は気にしない。弁当を分け合うその光景は、恋人のように見えるかもしれない。だが、二人の心にあるのは純粋な友情だった。悠斗はふと真面目な声で「俺ら、協定とかじゃなくて、ほんとにマブダチだな」と言う。葵は笑って「そうね。マブダチって言葉、悪くないわ」と答えた。
午後の授業が始まる前、悠斗は弁当箱を大事そうに包み直す。葵は少し照れながら「また作ってくるね」と言った。その言葉は上品で、けれど女子高生らしい若さがにじんでいた。悠斗は照れ隠しのように笑い、「いや、悪いって。でも……正直、嬉しい」と答える。その笑顔は爽やかで、教室のざわめきよりも鮮やかに輝いていた。
その日から、昼休みの机の上には、二人だけの小さな秘密が広がるようになった。弁当の温もりは、協定で始まった関係を、友情という確かな絆へと変えていった。




