1話 噂と協定
昼休みの教室は、窓から差し込む光で白く満ちていた。机の上には色とりどりの弁当、笑い声が重なり合い、廊下からは部活勧誘の声が響いてくる。そんな日常のざわめきの中で、ひときわ目を引く二人がいた。
梶蔵悠斗。少し茶色がかった髪に、緩めたネクタイ。軽口を叩くような笑みを浮かべながらも、目の奥には真面目さが宿っている。誰とでも気さくに話せる雰囲気を持ち、クラスの空気を柔らかくする存在だ。
神崎葵。黒髪は艶やかに肩まで流れ、立っているだけで視線を集める。整った顔立ちに加え、仕草の一つひとつから上品さと若さが同時に溢れ出ている。男子からすれば近づきがたいほどの存在感を放ち、女子からすれば憧れと嫉妬の入り混じった視線を集める。
二人が並んで歩けば、当然のように囁きが生まれる。
「やっぱり付き合ってるんじゃない?」
「だって、いつも一緒じゃん」
「お似合いだよね」
教室の隅、階段の踊り場、購買部の列。どこにいても、二人の名前は噂とともに漂っていた。
だが、真実はまったく違う。悠斗と葵の間に恋愛感情は一切ない。二人を結んでいるのは、固い友情だった。
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その友情には理由があった。
悠斗はチャラい見た目のせいで、女子から軽く声をかけられることが多い。だが、彼自身はそうした関係に深入りする気はなく、むしろ煩わしさを感じていた。
葵はその容姿から男子に言い寄られることが多い。だが、彼女もまた、外見だけで判断されることに疲れていた。
だから二人は、ある日協定を結んだ。
「今日も噂されてたな。俺ら、ほんとに恋人扱いされすぎじゃね?」悠斗が肩をすくめる。
「……そうね。でも、わざわざ否定する必要もないと思うの。噂なんて、すぐ消えるものだし」葵は静かに微笑む。
「まあ、否定するのも面倒だしな。俺らが楽できるなら、それでいいだろ」
「私たちが楽しく過ごせるなら、それで十分じゃない?」
それは恋愛ではなく、自己防衛のための友情の契約だった。互いにとって最も安心できる関係を選んだ結果が、「付き合っているふり」だったのだ。
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放課後、校門を出るときの二人の姿は、まるで本物の恋人のように見える。並んで歩き、時折笑い合い、互いの歩幅を自然に合わせる。だが、その笑いには恋の甘さではなく、友情の心地よさが宿っていた。
「俺ら、恋人じゃなくてもいいよな」悠斗がふと口にする。
「親友って言葉の方が、私たちには似合ってると思うな」葵は夕陽に照らされながら答える。
そのやり取りは爽やかで、互いの信頼が前提にあるからこそ、軽さの中に確かな絆が感じられる。
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夕焼けに染まる校舎を背に、二人の笑い声が響く。
それは恋愛よりも強い絆の証として、校内のざわめきを超えて広がっていった。




