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聖女と番  作者: らいら
序章 ルミエール=カンティーク立志
2/2

ルミエール=カンティークの日常(2)


 朝食を終えてすぐ足を急がせる彼女が向かうのは先程隣人に頼まれていた事だ。


 再度両親への挨拶をし、早足で。下り下りに蒼の側、塩の匂いが濃く、スカートが強く揺れる。港の船音がうるさく一斉に働き出す。目指すは突き出した堤防への裏口が設置された、蒼を背にした一軒の家。他と作りは似ているものの一段と広く大きいものだ。

 扉越しでも分かる、中の喧騒。


「皆さん、ルミエール=カンティークです。開けてもいいですか?」


 はっきりとそういう彼女の声は不思議と通ったようで、一時の静寂が流れた。すると中でガタガタと激しい物音が聞こえる。その最中も彼女はため息一つつかず、思わず笑みをこぼしていた。これが彼女のいつもの光景なのだろう。


 子供達は学んでいるのか、学ばないのか。

 不器用ながらもやんちゃな真面目さに愛おしさを感じているのだろう。

 数十秒後に中から一人の子供が大きな声が聞こえた。


「入っていいよー!」

「分かりました。入りますね」


 彼女を向かい入れるのは二〇名の少年少女。彼らを彼女は教師として学問を教えているのだ。ここにいる二〇名は親の事情や金銭的な面で厳しい家庭の子らであり、集まって、彼女がボランティアで開く小さな学校だった。


「ちゃんと片付けられましたか?」

「何言ってるんですか、せんせいは!僕らはちゃんときれいにしてあそんでましたよ!」

「なら何で先生を待たせたんですかー?」

「むー、センセーいじわるぅ……」

「ふふっ、そうですよー。私は意地悪なんです」


 冒頭の生徒との和やかなやり取りから授業は始まる。彼女は丁寧にわかりやすく教え、気兼ねなく子どもたちと接する。間違えればわかるまで教えてくれる、悪いことをしたらちゃんと怒る、いいことをしたら褒める、それがちゃんとできる彼女だからこそ子供達によく慕われた。


「せんせーこれ見て!」

「できた……センセ、見て」

「僕が先!」

「私だもん!」

「はいはい、落ち着いて」


 そんな様子を窓越しに見守る保護者も、彼女を評価する。


「カンティークさんまだお若いのに立派よね」

「うちの子は将来は先生と結婚するんだとか言って」

「悔しいけどあの子、私より先生が好きって……」

「親としては複雑ねぇ」

「でも私も好きよ、あの先生」


 彼女はそれらの謙遜に照れもするし、感謝もする。普通の少女らしい、満面の笑みで笑う。慕ってくれる子供に囲まれて、感謝と尊敬をくれる大人に評価されて、彼女は幸せだった。


 皆、笑顔だったから。


 笑顔を笑顔で返す。何倍にもして、必ず。その彼女の笑顔を見た人は老若男女問わず、声を揃えて言うのだ。



ーーー『聖女』のようだ、と。



「ありがとねぇ」

「いえ、気にしないでください」


 午前と午後、子供の入れ代わりの時間の僅かな休憩を縫って、彼女は市場へと向かった。一本坂の歩道に沿うように様々な出店にて昼食を購入する手筈だったが、時間を食ってしまっていた。途中杖をついた老婆が坂で転びものを落としてしまったのでそれを運良く拾ったのだ。

 転がってくるりんごを一つ一つ広い、袋に詰めた。


「これもなにかの縁です。お家はどこですか?せっかくですので私がこれ持ちますし、送ります」

「そんな……流石に悪いよ?私のことは気にせず」

「んーそれではこう考えてはいかがです?私があなたとお話がしたいんです。送るのも荷物を持つのもそのついで、というのは」

「でも……」

「お礼だったらぜひお茶を飲ませて頂ければ。私は甘味が大好きなんです。今は丁度お昼時、ティータイムにはうってつけとは思いませんか?」

「あははっ、嬢ちゃん口が上手いねぇ。それならお願いしようかね」

「ありがとうございます」


 彼女は老婆の歩幅に合わせ、ゆったりと話をしながら再び坂を下ってゆく。老婆の家は少し下った先にあり、甘味とお茶をいただきつつ世間話をしたところで子供達のところへと戻っていった。その最中に、彼女の耳にとある噂が耳に入った。


「【黄金郷】が西側に進行してきてるって噂知ってる?」

「え?!そうなの、ならここもやばくなるの?」

「『聖女』様は何やってるんだか」

「でもうちが聞くには【黄金郷】はもう瀕死状態で『聖女』様がとどめを刺そうと追ってるだとかですよ?」

「どちらにせよ、用心しないとだな」

「ぜーんぶ黄金に変えちまうって話だぜ?それ高く売れんのかなー?」

「馬鹿!そんな呑気なこと言わない。ここは西の辺境にある街だ。この大きな海をわたらないといけない。それにしたって世界で二番目に高いこの山も超えなければならないし、しばらくは……」

「大丈夫、だよな……」

「大丈夫よ!この街には優秀な修道女と修道女見習いがいるんだから!」

「そうだよな!特に見習い」


 通り過ぎようとしたいたところを彼女は視線で釘を差される。以前、彼女が祈りで救った男性だった。その周囲の人も彼女の祈り、もしくはリリスやシエルが行った奉仕活動でよく出席する人だった。


「ルミエール=カンティークは次の『聖女』候補と名高いからな!」

「私らあんたに助けられて、その天使みたいな優しさにいつも助けられてるからね。資格や修練関係なく、ルミは最高の人間だからな」

「ルミエール=カンティークに栄光あれ!」



「「「ルミエール=カンティークに栄光あれ!」」」



 囃し立てる彼らに彼女は少し照れたようにし、お礼を述べる。そして、彼女は彼らに笑顔で手を振り去り、その影に飲まれた途端に彼女はボソリと呟いた。


 誰にも届かない、光のような彼女の影を。

 静かに、小さくこぼした。


「………私なんかに」


 悲壮をこぼす顔。

 彼女の琥珀の瞳には、光が無かった。



「ねぇ、せんせー?」

「…………」

「せんせー!!!!」

「…………」

「先生、大好きーっ!!!!!」

「わっ、いきなりとうしたんですか?」


 午後からの授業。

 彼女はいつも通り、ではなく少し心ここにあらずの状態だった。あの噂が、称賛が耳にこびりついて離れないでいたのだ。今朝感じた不吉な予感の不思議と結びついてしまうのだろう。音も歯もないただの噂。回覧板では何も書いていなかったし、予感が的中しないことを祈るばかりだった。


 それでもこういった事情に詳しいリリスやシエルに夕刻の祈りのあと聞いてみようと思っている。それが彼女なりの胸のもやもやの解消法なのだろう。


 知ることは怖いが、最も怖いことは無知なのだ。


 何も知らないよりはいい。

 知っていても何ができるのかもわからないけど。


 ここで彼女は深く考えることを辞めて、目の前のことに向き合う。彼女はまず彼女にできる最善で最良なことをする。それしか、できないのだ。


「だってー。先生、ぼーっとしてるから」

「ごめんなさい。それで何用です?」

「一つ質問があるの」


 目の前の少女はこの小さな学校の最年長、彼女の一つ下だ。この少女とはよく授業終わりに話している。今日の授業範囲、歴史面の質問だろう。



「世界崩壊の危機となる、この【(かい)】ってやつ。今もあるの?」


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